『愛してるの一言がほしくて ―幼なじみ新婚はすれ違いだらけ―』
第50章「真理、志穂の異変に気づく(姉視点)」
雨上がりの午後。
真理の勤務先のカフェは、
ちょうどブレイクタイムに入ったところだった。
ノートパソコンを閉じ、
アールグレイに口をつけた瞬間——
“ピロン”
スマホが震えた。
画面には「志穂」の名前。
(珍しい……
この時間に志穂から?)
胸の奥に、
小さな嫌な予感が広がった。
「もしもし?志穂?」
『……おねえ……ちゃん……』
電話の向こうは、
かすかに震えていた。
「志穂?
……どうしたの?」
『……ごめん……
ちょっと……声、聞きたくて……』
弱々しい声に、
真理は眉を寄せた。
(この声……
泣いた?)
「志穂、今どこ?」
『……家……』
「悠真くんは?」
『……いるよ……
でも……』
でも——の先が言えない。
真理には、
この“言えない”の意味がすぐにわかった。
(追い詰められてる……)
(悠真くんが原因じゃない。
志穂の声は……“外の圧力”の声だ)
「志穂。
今から行こうか?」
『……っ……
ほんとに……?』
「当たり前でしょ。
あなた、声が震えてるわ」
真理はすでに席を立っていた。
「十五分で行くから、
玄関だけ開けておきなさい」
『……うん……』
通話が切れた瞬間、
真理の表情は完全に“冷静な姉の顔”に戻った。
(……なにかあった)
(志穂をここまで怯えさせるなんて……
そう簡単なことじゃない)
一条家のマンションへ向かう途中、
エレベーターの鏡に映る自分を真理はちらりと見た。
メイクは崩れていない。
表情もいつも通り。
しかし——
(心だけは、落ち着いていない)
(志穂……あなた何を抱えているの?)
胸の奥がざわりと揺れる。
チャイムを押す前に、
志穂がそっと扉を開けた。
「……おねえちゃん……」
泣き腫らした目。
声も弱い。
その姿を見た瞬間、
真理の胸がきゅっと痛んだ。
(……こんな顔、久しぶりに見た)
「入れて」
真理は志穂の肩を支え、
リビングへ促した。
ソファに座った志穂は、
タオルの端を握りしめたまま言った。
「……こわいの……
おねえちゃん……」
「何が?」
「……昨日から……
ずっと……」
志穂は息を呑んで、
ゆっくり話し始める。
・マンション前での晶司の言葉
・腕を掴まれたこと
・“名前を呼ばれた”こと
・今日の職場での噂
・悠真が迎えに来てくれたこと
・そして……新堂家からの三者会談
真理は一度も口を挟まなかった。
最後まで聞ききる。
そして——
「……志穂」
「……うん……?」
「あなたが弱いからじゃないわ」
静かに、
けれど鋭く、
言葉を切り出す。
「これは“家の問題”よ。
あなたが怯える必要なんてない」
「でも……わたし……」
「志穂」
真理は妹の手を取った。
「あなたはね。
ずっと“誰かのために我慢する子”だった」
志穂の目が揺れる。
「それを利用しようとする人間なんて、
守る価値もない。
相手にする必要もない」
(まるで……
新堂家の叔父のことを言ってるみたい……)
「そして——」
真理はほんの一瞬、
言葉を飲み込んだ。
「……晶司は危険よ」
「っ……!」
志穂の指が震える。
「真理さん、だったらわかるの……?」
「ええ」
真理の瞳がわずかに陰を帯びた。
「あの人は……
感情が“普通”じゃない」
「……」
「怒りもしない、喜ばない。
ただ観察して……
興味のあるものには、距離を詰める」
志穂の顔が青ざめた。
「志穂。
あなた、狙われてるわ」
「っ……」
その言葉は、
怖いのに、
どこか救われる気もした。
(……ようやく……
誰かが、信じてくれた……)
志穂の涙が静かにこぼれた。
真理はそっと志穂の頭を撫でた。
「安心して。
悠真くんは必ずあなたを守るわ」
「……うん……」
「そして、私もいる。
あなたを“代わり”なんて絶対にさせない」
その言葉は、
志穂の胸に深く染み込んだ。
真理の勤務先のカフェは、
ちょうどブレイクタイムに入ったところだった。
ノートパソコンを閉じ、
アールグレイに口をつけた瞬間——
“ピロン”
スマホが震えた。
画面には「志穂」の名前。
(珍しい……
この時間に志穂から?)
胸の奥に、
小さな嫌な予感が広がった。
「もしもし?志穂?」
『……おねえ……ちゃん……』
電話の向こうは、
かすかに震えていた。
「志穂?
……どうしたの?」
『……ごめん……
ちょっと……声、聞きたくて……』
弱々しい声に、
真理は眉を寄せた。
(この声……
泣いた?)
「志穂、今どこ?」
『……家……』
「悠真くんは?」
『……いるよ……
でも……』
でも——の先が言えない。
真理には、
この“言えない”の意味がすぐにわかった。
(追い詰められてる……)
(悠真くんが原因じゃない。
志穂の声は……“外の圧力”の声だ)
「志穂。
今から行こうか?」
『……っ……
ほんとに……?』
「当たり前でしょ。
あなた、声が震えてるわ」
真理はすでに席を立っていた。
「十五分で行くから、
玄関だけ開けておきなさい」
『……うん……』
通話が切れた瞬間、
真理の表情は完全に“冷静な姉の顔”に戻った。
(……なにかあった)
(志穂をここまで怯えさせるなんて……
そう簡単なことじゃない)
一条家のマンションへ向かう途中、
エレベーターの鏡に映る自分を真理はちらりと見た。
メイクは崩れていない。
表情もいつも通り。
しかし——
(心だけは、落ち着いていない)
(志穂……あなた何を抱えているの?)
胸の奥がざわりと揺れる。
チャイムを押す前に、
志穂がそっと扉を開けた。
「……おねえちゃん……」
泣き腫らした目。
声も弱い。
その姿を見た瞬間、
真理の胸がきゅっと痛んだ。
(……こんな顔、久しぶりに見た)
「入れて」
真理は志穂の肩を支え、
リビングへ促した。
ソファに座った志穂は、
タオルの端を握りしめたまま言った。
「……こわいの……
おねえちゃん……」
「何が?」
「……昨日から……
ずっと……」
志穂は息を呑んで、
ゆっくり話し始める。
・マンション前での晶司の言葉
・腕を掴まれたこと
・“名前を呼ばれた”こと
・今日の職場での噂
・悠真が迎えに来てくれたこと
・そして……新堂家からの三者会談
真理は一度も口を挟まなかった。
最後まで聞ききる。
そして——
「……志穂」
「……うん……?」
「あなたが弱いからじゃないわ」
静かに、
けれど鋭く、
言葉を切り出す。
「これは“家の問題”よ。
あなたが怯える必要なんてない」
「でも……わたし……」
「志穂」
真理は妹の手を取った。
「あなたはね。
ずっと“誰かのために我慢する子”だった」
志穂の目が揺れる。
「それを利用しようとする人間なんて、
守る価値もない。
相手にする必要もない」
(まるで……
新堂家の叔父のことを言ってるみたい……)
「そして——」
真理はほんの一瞬、
言葉を飲み込んだ。
「……晶司は危険よ」
「っ……!」
志穂の指が震える。
「真理さん、だったらわかるの……?」
「ええ」
真理の瞳がわずかに陰を帯びた。
「あの人は……
感情が“普通”じゃない」
「……」
「怒りもしない、喜ばない。
ただ観察して……
興味のあるものには、距離を詰める」
志穂の顔が青ざめた。
「志穂。
あなた、狙われてるわ」
「っ……」
その言葉は、
怖いのに、
どこか救われる気もした。
(……ようやく……
誰かが、信じてくれた……)
志穂の涙が静かにこぼれた。
真理はそっと志穂の頭を撫でた。
「安心して。
悠真くんは必ずあなたを守るわ」
「……うん……」
「そして、私もいる。
あなたを“代わり”なんて絶対にさせない」
その言葉は、
志穂の胸に深く染み込んだ。