白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

◆序章

十の国がひしめく大陸の北東にある(はく)(おう)(こく)は、現在冬の季節だ。

国土の西部に位置する山脈の中心、(へき)()(ほう)は真っ白な雪に染まり、冷えきった空気はピンと冴えて、吐く息が煙のごとく宙を舞う。

葉をすべて落とした木々は寒々しい雰囲気を醸し出し、重たげに下がる枝先からときおり雪がドサリと音を立てて地面に落ちていた。

首都の千早(ちはや)(だい)は四方をぐるりと城郭に囲まれており、街の中心部は大国にふさわしくにぎわっていて、二階建ての大店(おおだな)が軒を連ねる大路では厚い外套を着込んだ人々が歩く傍らを何台もの馬車が行き交っていた。

市場には他国との交易によってもたらされる珍しい品々が並び、食べ物や酒を扱う店はもちろん、染物屋や仕立て屋、装飾品、金物や陶器、馬具や武具を揃える専門店などが商品を並べ、活気に満ちている。

そんな千早台に住まう(しゅ)()は、皇宮(こうぐう)にほど近いところにある貴人の屋敷の裏手にある井戸で水を汲んでいた。

中身が入った釣瓶は重く、桶に移すたびに手に水飛沫が掛かって、凍りつくほどの冷たさを感じる。

赤くなった手に息を吹きかけながら、朱華は重い雲が垂れ込めた(にび)(いろ)の空を仰いだ。あと一刻ほどすれば仕事は終わりだが、まだまだやることは山積みだ。

朱華が高級官僚の内蔵頭(くらのかみ)風峯(かざみね)の屋敷で女中として働くようになって、ひと月が過ぎていた。内蔵頭とは国の財政を管理する大臣で、宮廷において絶大な権力を持っている。

他で働くより幾分いい給金をもらえるこの屋敷に雇われたのは、朱華にとって僥倖だった。
少しでも多く金を稼がなければならない事情があるからだが、十七歳という年齢や女の身であることを考えれば、なかなかいい仕事はない。

だが屋敷にいる使用人たちは新参者に厳しく、女中として雇われたはずなのに下働きのようなきつい作業ばかりを任されていた。

冬場の水汲みは重労働である上に寒さが身に染みて、手はすっかりあかぎれ、身体も芯から冷えきっている。

(でも、仕方ないわ。お母さんの薬を買うために、わたしはなるべく多くお金を稼がなきゃならない。……他に頼れる人はいないんだから)
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