白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

◆第一章

風峯(かざみね)の屋敷は皇宮(こうぐう)から出てすぐの高級住宅街にあり、周囲に引けを取らないほどの大邸宅だ。

入母屋(いりもや)屋根を持つ建物の内部は広大で、多くの使用人がそれぞれの仕事に携わる中、新参者の朱華は下働きに近いきつい仕事を任されるのが常だった。

だが風峯の養女となることが決まってからは扱いがガラリと変わり、南向きの広い部屋を私室として与えられた。

しかしその日常は優雅とは程遠く、白桜国の歴史や詩文、和歌などを叩き込まれ、日々詰め込まれる膨大な知識にてんてこ舞いだ。

さらには笛や弦楽器、舞踊なども習得しなければならず、朱華は教師に厳しく叱責される。

華綾(かりょう)采女(うねめ)とは、舞や歌などで龍帝陛下を愉しませる役職です。宮廷行事のみならず、日常においても華やかさを供えるお役目のため、陛下のお目に留まる確率も高くなります。つまり舞踊や楽器の演奏は、他者に引けを取るわけにはいきません」 

かつては首都・千早台(ちはやだい)の大店の娘として何不自由ない生活をしていた朱華だったが、上流階級の娘たちがするような習い事はしておらず、慣れない分野に最初は目を白黒させるばかりだった。

ひとつひとつに時間をかけられればいいが、半年という限られた期間しかないためにそんな余裕はなく、満足にできない現実に打ちのめされて人知れず涙を零す。

(どれだけ頑張っても、何年も努力して技術を習得してきた他の采女たちに敵う気がしない。でも出仕するからには、最低限できるようにならなければ風峯さまに恥をかかせてしまうんだわ)

そんな朱華の唯一の救いは、母の桔梗が健やかに暮らしていることだ。

千早台の大路に程近い閑静な一角に小ぢんまりとした家を与えられた彼女は、四十代の女中を一人付けられ、不自由のない生活ができているという。

週に一度医者の診察を受け、心臓の病に効く薬を処方されて、今のところ発作は起きていないのだそうだ。
桔梗からこまめに届く手紙には、いつも朱華への感謝とこちらの暮らしを気遣う文言が並び、読むたびに胸がぎゅっと強く締めつけられた。
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