白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

◆第三章

袞衣(こんい)の裾を翻し、高天(たかあまの)(みかど)が去っていく。
それを見送った朱華は、胸元を押さえてホッと小さく息をついた。

(まさか龍帝陛下が、ここを訪れるとは思わなかった。てっきり宴に参加していると思っていたのに)

彼と個人的に言葉を交わしたのは、これで二度目だ。
一週間ほど前に洗濯の最中に領巾が飛んでいってしまい、それを拾ってくれた龍帝とわずかながら会話をした。

今日は午後に宮中祭祀があり、夜は大勢の賓客を招いた宴が開催されているが、朱華がそれに参加できなかったのは先輩の采女による嫌がらせのためだった。

宴が始まる直前、着替え終えて廊下に出たところで、数人の采女(うねめ)から「翠霞宮内の西の蔵の中にしまわれている調度品を、今からすべてきれいに磨いてちょうだい」と申しつけられ、そこに居合わせた美月と風花が抗議してくれた。

「宴への参加は、すべての采女が認められているはずです。なぜこの時間にそのようなことを申しつけるのですか」
「そうです。しかも着替え終えたところで言うだなんて」

しかし采女たちはおっとりと微笑んで言った。

「あら、必要だと思うからお願いしているのよ。ずっと朱華の姿を探していたのだけれど、なかなか見つからなくて」
「大変だと思うなら、あなたたちも手伝ってあげたらいかが? わたくしたちは今夜の宴で舞を披露する予定だから、失礼」

華やかに着飾った彼女たちが笑いながら去っていき、憤慨した美月と風花は「手伝うわ」と言ってくれた。

しかしせっかくの宴を欠席させるのを申し訳なく思った朱華はそれを断り、一人で西の蔵に入ると、収蔵された長いこと使われていない壺や掛け軸、屏風などの埃を落としてきれいに拭き上げた。

終わった頃にはだいぶ時間が経過しており、参加するのを諦めた朱華は、翠霞宮にほど近いところにある庭園に向かった。

そこで高天帝に出くわしてしまったのはあまりに予想外で、朱華は内心ひどく動揺した。
華綾の采女として出仕するに当たって、朱華は義父となった風峯から龍帝の暗殺を命じられている。

先日風で飛んだ領巾(ひれ)を拾ってもらったとき、朱華が彼の娘だと知った高天帝は、開口一番「奴に私を殺せとでも命じられてきたか」と言ってきて肝が冷えた。

先ほども「奉職は表向きのもので、実際にそなたは父親から別の密命を帯びてきたのだろう」と言われ、それは妃になりたいと思っているのだろうという意思確認だったが、本当のところの高天帝の真意がわからずヒヤリとする。

(あの方は、本当は風峯さまの思惑に気づいているのかしら。その娘として出仕したわたしのことも疑っていて……それで)
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