白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

◆第六章

白桜国の政治は皇宮・常世宮(とこよのみや)で行われる朝議にて決定される。

議題は日によってさまざまで、各省庁が取りまとめた内容をあらかじめ龍帝に奏上し、それを協議するという形で政策の策定が行われていた。

御簾(みす)の向こうの玉座に座る高天(たかあまの)(みかど)は、彼らの話を黙って聞く。今日は地方の租税の収支報告と各地の貯水池で行われる神事の計画について話し合われ、一刻ほどで終了した。

玉座から立ち上がった高天帝は、官僚たちが平伏する中、朝堂院から退出する。磨き上げた廊下を皇極(こうきょく)殿(でん)に向かって歩きながら、背後に付き従う烈真に低く告げた。

真砂(まさご)久世(くぜ)を呼んでくれ。半刻後、(ぎょっ)虹殿(こうでん)で話がしたいと」
「承知いたしました」

高天帝が口にしたのは、評定官(ひょうじょうかん)と呼ばれる高官たちの名前だ。宮廷会議に十名いて、政策の立案や施政に関わっている。

回廊から臨む庭園には、しとしとと雨が降っていた。庭木は幹の色を濃くし、枝の葉先からときおり雨の雫を落としている。

最近は連日晴天続きだっただけに、夏の暑さが幾分和らぎ、民にとっては恵みの雨に違いない。
以前ならこういう天気のときには気が滅入り、心身の不調も増していたが、今の高天帝はそうではなかった。

気力体力共に充実し、目覚ましく復調しているのを感じている。

(朱華と情を交わしてから、私の体調は目に見えて回復し始めた。おそらくこれまで澱んでいた体内の気が、朱華を抱くことによって整い始めているんだろう)

高天帝が朱華と恋仲になってから、十日ほどが過ぎていた。

日々彼女と話をするうちに少しずつ募る想いがあり、いつしか特別な存在になったのは、高天帝にとって自然なことだった。

驚いたのは、彼女を抱くようになってから体表を覆っていた黒い鱗が徐々に剥がれ始め、きれいな皮膚が見えてきていることだ。

頭痛や倦怠感も軽くなり、内殿医が丁寧に問診と診察をした結果、「龍帝陛下のこれまでの症状は、妃を娶らなかったことによるご不調だったのではないか」という推測を立てた。

自分が椿花(つばき)以外の女性を愛することができた事実に、高天帝の中に感慨深い思いがこみ上げる。
ずっと彼女の面影を追い続けて苦しんでいたが、朱華と出会ったことでその痛みが和らぎ、ようやく前に進むことができた気がした。

(そうだ。私は(かう)(んの)(みかど)だった頃の記憶に囚われず、今の生を全うしなくては。朱華さえ傍にいてくれたら、前向きに生きられる気がする)
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