白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

◆第七章

夏の終わりに差しかかったこの時季、五穀豊穣を祈願して行われる瑞穂(みずほ)の祭祀は、稲穂の順調な成長を祈る重要な儀式だ。

夕方から始まり、高天(たかあまの)(みかど)がまだ青い新穂を天に捧げて祝部(ほうりべ)たちが祝詞を奏上したあと、参加者たちが皇宮内部から首都・千早台(ちはやだい)の外まで流れていく川に無数の燈籠を流す。

黄金色の装束を身に纏った巫女たちの奉納舞や楽師による演奏、宴なども予定されており、皇極(こうきょく)殿(でん)はその準備にてんてこ舞いだった。

そんな中、執務室で書簡に目を通していた高天帝は、ふと手を止める。窓の外を見やると、あれほど厳しかった暑さはだいぶ落ち着き、秋めいた柔らかな日差しが辺りに降り注いでいた。

(明後日の祭祀の日は、晴れるだろうか。このまま穏やかに天気が経過すればいいが)

気がかりなのは、ここ数日朱華が呼び出しに応じなくなったことだ。

迎えに行かせた小姓いわく、「体調不良のため、ご辞退させていただくことをお許しください」と語っていたらしく、高天帝は彼女の身体が心配になっていた。

ただ、ここ最近は連日のように朱華を呼びつけており、疲れが溜まっていてもおかしくない。
彼女には華綾の采女としての仕事もあるため、こちらが気遣ってやるべきだったと高天帝は忸怩たる思いを噛みしめる。

(見舞いの手紙をしたため、小姓に届けてもらおう。大事ないといいが)

筆紡(ひつぼう)の采女に申しつけて(みやび)な便箋を用意してもらった高天帝は、筆を執って朱華への手紙をしたためる。

それを小姓に届けてもらうと、彼は返事を持って戻ってきた。内容は「お気遣いありがとうございます」「今宵、どこかの宮でお会いできますでしょうか」というもので、体調が戻ったらしいことに安堵した。

かくしてすっかり暗くなった亥の刻、天華殿で待つ高天帝の元に朱華がやって来る。

(ちさ)()さま、僭越にもお呼び立てしてしまい、大変申し訳ございません」
「そなたから誘ってもらえてうれしかったから、そのようにかしこまる必要はない。もう体調はよいのか」

戸口で礼を取っていた彼女が顔を上げ、頷いて答える。

「はい。疲れが溜まっていたようで……。せっかく何度もお誘いくださいましたのに、お断りしてしまったことをお許しください」
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