白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う
◆終章
高天帝が龍の姿に変化した話は首都・千早台を一気に駆け巡り、皇宮の城郭越しに目撃した民も多数いて、大きな騒ぎとなった。
彼らは改めて龍帝の神秘性を感じ、一部から聞こえていた「龍帝は体調不良で、もう長くはないようだ」という懸念を一気に払拭した。
また、宮廷の評定官である真砂と久世、そして心ある地方官吏たちの尽力によって判明した政治の腐敗は事実だと裏付けされ、多くの逮捕者が出た。
内蔵頭の風峯は国の財政を管理する立場を悪用し、さまざまな歳費を水増しして支出していた他、軍事行政の長官である兵部卿の大伴、官の人事と大学寮を統括する式部卿の三条を抱き込んで巨額の財を手にしていた。
その一部は皇妹の陽羽に上納され、彼女を新たな龍帝として擁立することで国政の支配を画策していたらしい。
彼らは高天帝を暗殺する刺客として朱華を皇宮に送り込み、母親の桔梗を人質にして決行を迫っていたが、あの騒ぎの直後に彼女の身柄は保護された。
千早台の裏路地にあるあばら家に監禁されていた桔梗は、左手の爪をすべて剥がされていた上に食事や心臓の薬も日に一度しか与えられず、ひどく衰弱していたものの、治療の甲斐あって回復に向かった。
彼女と対面した朱華は、その身体を抱きしめて号泣していた。
「ごめんなさい。わたしが風峯さまのお屋敷で働かなかったら、お母さんを巻き込まずに済んだのに」
「いいえ。私こそ朱華を縛る枷になってしまって、申し訳なく思っていたのよ。いっそ死んでしまったほうがあなたが一人で逃げられるかもしれないと考えて、でもそれを見張りに気づかれて、自殺防止の猿轡を嵌められていたの。追い詰められたあなたが龍帝陛下を暗殺するという大罪を犯さなくて、本当によかったわ」
風峯を始めとする閣僚やその手足となって働いていた者たちは、横領と公文書偽造、殺人や監禁などいくつもの罪状で裁かれることになり、重罪は免れないだろう。
一方、皇族である陽羽も捕縛されたものの、彼女は一貫して「自分は風峯たちに騙された被害者だ」という立場を崩さなかった。
まだ十六歳と若く世間知らずな自分は、甘言を弄して近づいてくる者を信じてしまっても無理はない。
帝位を狙ったのも自身が母の不義の子という事実を知らなかったからであり、高天帝が世継ぎをもうけないことで白桜国の未来を憂いたためだ――そんな主張を繰り返したものの、書庫から禁書を持ち出して〝無極霜〟を造らせた事実は如何ともしがたく、皇族の地位を剥奪した上で辺境の離宮に生涯幽閉されることが決まった。
(判決を聞いた星凛の君は半狂乱だったらしいけれど、本来なら龍帝の命を狙った者は死罪だというし、皇族ではなくなっても離宮でそれなりの暮らしができるというから、千黎さまは相当な温情をかけられたんだわ。でも、皇宮できらびやかな生活をしていたあの方にはそれも耐えがたいことなのかしら)
彼らは改めて龍帝の神秘性を感じ、一部から聞こえていた「龍帝は体調不良で、もう長くはないようだ」という懸念を一気に払拭した。
また、宮廷の評定官である真砂と久世、そして心ある地方官吏たちの尽力によって判明した政治の腐敗は事実だと裏付けされ、多くの逮捕者が出た。
内蔵頭の風峯は国の財政を管理する立場を悪用し、さまざまな歳費を水増しして支出していた他、軍事行政の長官である兵部卿の大伴、官の人事と大学寮を統括する式部卿の三条を抱き込んで巨額の財を手にしていた。
その一部は皇妹の陽羽に上納され、彼女を新たな龍帝として擁立することで国政の支配を画策していたらしい。
彼らは高天帝を暗殺する刺客として朱華を皇宮に送り込み、母親の桔梗を人質にして決行を迫っていたが、あの騒ぎの直後に彼女の身柄は保護された。
千早台の裏路地にあるあばら家に監禁されていた桔梗は、左手の爪をすべて剥がされていた上に食事や心臓の薬も日に一度しか与えられず、ひどく衰弱していたものの、治療の甲斐あって回復に向かった。
彼女と対面した朱華は、その身体を抱きしめて号泣していた。
「ごめんなさい。わたしが風峯さまのお屋敷で働かなかったら、お母さんを巻き込まずに済んだのに」
「いいえ。私こそ朱華を縛る枷になってしまって、申し訳なく思っていたのよ。いっそ死んでしまったほうがあなたが一人で逃げられるかもしれないと考えて、でもそれを見張りに気づかれて、自殺防止の猿轡を嵌められていたの。追い詰められたあなたが龍帝陛下を暗殺するという大罪を犯さなくて、本当によかったわ」
風峯を始めとする閣僚やその手足となって働いていた者たちは、横領と公文書偽造、殺人や監禁などいくつもの罪状で裁かれることになり、重罪は免れないだろう。
一方、皇族である陽羽も捕縛されたものの、彼女は一貫して「自分は風峯たちに騙された被害者だ」という立場を崩さなかった。
まだ十六歳と若く世間知らずな自分は、甘言を弄して近づいてくる者を信じてしまっても無理はない。
帝位を狙ったのも自身が母の不義の子という事実を知らなかったからであり、高天帝が世継ぎをもうけないことで白桜国の未来を憂いたためだ――そんな主張を繰り返したものの、書庫から禁書を持ち出して〝無極霜〟を造らせた事実は如何ともしがたく、皇族の地位を剥奪した上で辺境の離宮に生涯幽閉されることが決まった。
(判決を聞いた星凛の君は半狂乱だったらしいけれど、本来なら龍帝の命を狙った者は死罪だというし、皇族ではなくなっても離宮でそれなりの暮らしができるというから、千黎さまは相当な温情をかけられたんだわ。でも、皇宮できらびやかな生活をしていたあの方にはそれも耐えがたいことなのかしら)