追放された薬師ですが、冷酷侯爵に溺愛されて辺境でスローライフ始めます
第6章 運命の出会い
リディアは、部屋中を見回した。
本当に、3年前に戻ったのか。
確かめなければ。
リディアは、机の引き出しを開けた。
中には、羊皮紙の束がある。
リディアは、その中から一枚を取り出した。
手紙だ。
アルヴィンからの、婚約通知の手紙。
リディアは、日付を見た。
「王暦1215年、3月15日」
リディアは、息を呑んだ。
3年前だ。
本当に、3年前に戻っている。
リディアは、手紙を机に戻した。
そして、壁を見た。
壁には、小さな暦がかけられている。
リディアは、それを見た。
「王暦1215年、3月15日」
今日の日付が、印をつけられている。
リディアは、震えた。
今日は、婚約発表式典の日だ。
アルヴィンとの、婚約が正式に発表される日。
リディアは、全てを思い出した。
この日から、全てが始まった。
セレナとの、出会い。
アルヴィンの、冷淡な態度。
国王の、病。
そして、追放。
リディアは、拳を握った。
手が、震えている。
前世の記憶。
製薬会社での、孤独。
薬害事件の、告発。
誰も信じてくれなかった、絶望。
そして、今世の記憶。
3年後の、記憶。
セレナの、陰謀。
国王の、毒殺。
追放され、毒を飲まされ、荒野で死んだ記憶。
全て、鮮明に残っている。
リディアは、頭を抱えた。
二つの人生の記憶が、頭の中で混在している。
だが、リディアは混乱していなかった。
むしろ、冷静だった。
これは、チャンスだ。
リディアは、全てを知っている。
何が起こるのか。
誰が敵なのか。
どうすれば、勝てるのか。
リディアは、深呼吸をした。
落ち着け。
今度こそ、変える。
全てを。
その時。
ノックの音が、聞こえた。
リディアは、扉の方を見た。
「リディア様、起きていらっしゃいますか?」
侍女の声だ。
リディアは、扉に近づいた。
「はい、起きています」
「式典の準備を、始めなければなりません。お支度を手伝わせてください」
リディアは、扉を見つめた。
式典。
婚約発表式典。
リディアは、唇を噛んだ。
あの式典で、リディアはセレナと初めて会った。
そして、カイル侯爵とも。
リディアは、決意した。
今度は、違う。
今度は、リディアが主導権を握る。
リディアは、扉を開けた。
侍女が、にこやかに立っている。
「おはようございます、リディア様」
「おはようございます」
リディアは、微笑んだ。
侍女は、部屋に入ってきた。
「さあ、お支度を。今日は大事な日ですから」
侍女は、クローゼットを開けた。
中には、ドレスがかけられている。
淡い緑色の、地味なドレス。
リディアは、それを見た。
あのドレスだ。
リディアが、式典で着たドレス。
地味で、目立たない。
まるで、リディアの存在そのものを象徴しているかのような。
侍女が、ドレスを取り出した。
「さあ、リディア様、こちらへ」
リディアは、侍女の方へ歩いた。
だが、心の中で、リディアは戦略を練っていた。
今度は、この地味さを武器にする。
リディアは、目立たないことで、セレナの警戒を解く。
そして、裏で動く。
証拠を集める。
味方を作る。
リディアは、鏡の前に立った。
侍女が、ドレスを着せてくれる。
リディアは、鏡の中の自分を見た。
地味なドレス。
栗色の、艶のない髪。
灰色の、疲れた瞳。
だが、リディアは微笑んだ。
この弱々しい姿も、今回は武器にする。
誰も、リディアを警戒しない。
誰も、リディアを脅威とは思わない。
だからこそ、リディアは自由に動ける。
リディアは、侍女に言った。
「ありがとうございます。後は、自分でできます」
「本当ですか? 髪は——」
「大丈夫です。簡単にまとめるだけで十分です」
侍女は、少し不安そうだったが、頷いた。
「わかりました。では、式典の開始時刻までに、大広間へお越しください」
「はい」
侍女は、部屋を出て行った。
リディアは、一人残された。
鏡の前で、リディアは自分の髪を簡単にまとめた。
地味に。
目立たないように。
リディアは、鏡の中の自分を見つめた。
そして、小さく呟いた。
「今度こそ、変える。全てを」
リディアの目に、決意の光が宿った。
大広間は、華やかだった。
天井から、巨大なシャンデリアが吊り下げられている。
壁には、豪華な絨毯が飾られている。
そして、貴族たちが、大広間中に集まっていた。
男性は、礼服を着ている。
女性は、豪華なドレスを纏っている。
宝石が、きらめいている。
笑い声が、響いている。
リディアは、大広間の入口に立っていた。
地味な、緑色のドレス。
簡素にまとめた、栗色の髪。
リディアは、周囲を見回した。
貴族たちが、リディアを見た。
「ああ、あれがリディア・アーシェンフェルトか」
「第3王子の婚約者だそうだ」
「地味だな」
「政略結婚の余り物だろう」
囁き声が、リディアの耳に届く。
リディアは、唇を噛んだ。
前回も、同じだった。
貴族たちは、リディアを軽蔑していた。
だが、今回は違う。
リディアは、この軽蔑を利用する。
リディアは、俯いて歩き始めた。
従順で、地味な令嬢。
それが、リディアの演じる役だ。
壇上へ、向かう。
壇上には、すでにアルヴィンが立っていた。
金髪が、シャンデリアの光を受けて輝いている。
整った顔立ち。
貴族たちは、アルヴィンを見て微笑んでいる。
リディアは、壇上に上がった。
アルヴィンは、リディアを一瞥した。
だが、すぐに視線を逸らした。
無関心。
リディアは、アルヴィンの隣に立った。
だが、一歩下がった位置。
まるで、アルヴィンの影に隠れるかのように。
貴族たちが、ざわめいた。
「やはり、目立たない娘だな」
「第3王子には、もったいない」
リディアは、俯いたまま、何も言わなかった。
司会者が、前に出た。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
司会者の声が、大広間に響く。
「ただいまより、第3王子アルヴィン・エルフィード殿下と、リディア・アーシェンフェルト様の、婚約発表式典を執り行います」
貴族たちが、拍手をした。
だが、その拍手は、形式的だ。
リディアは、顔を上げた。
貴族たちを見る。
そして、視線を動かした。
壇上の近く、前列に座っている女性を見つけた。
セレナ・ヴィオレット。
金髪が、美しく波打っている。
碧眼が、輝いている。
豪華なドレスを着て、優雅に微笑んでいる。
セレナは、壇上のアルヴィンを見ている。
その目には、野心の色が浮かんでいる。
リディアは、セレナを見つめた。
お前の手口は、全て知っている。
お前が、国王を毒殺しようとしていることも。
お前が、アルヴィンを操ろうとしていることも。
お前が、私を追放しようとすることも。
全て、知っている。
リディアは、心の中で呟いた。
だが、顔には出さなかった。
リディアは、再び俯いた。
従順で、地味な令嬢。
誰も、リディアを警戒しない。
誰も、リディアを脅威とは思わない。
それでいい。
司会者が、式典の言葉を述べている。
アルヴィンが、形式的に頷いている。
リディアも、形式的に頷いた。
式典は、滞りなく進んだ。
そして、終わった。
貴族たちが、拍手をした。
リディアとアルヴィンは、壇上を降りた。
貴族たちが、アルヴィンに近づいてくる。
「おめでとうございます、殿下」
「素晴らしい式典でした」
アルヴィンは、社交的に微笑んでいる。
だが、リディアには目もくれない。
リディアは、一人、壇上の端に立っていた。
誰も、リディアに話しかけてこない。
リディアは、それでいいと思った。
リディアは、静かに大広間を出た。
廊下を歩く。
リディアは、ある場所へ向かっていた。
王宮図書館。
リディアは、情報を集めなければならない。
セレナの秘薬について。
国王の病について。
そして、カイル侯爵について。
リディアは、全てを知っている。
だが、証拠がない。
証拠を集めなければ、誰も信じてくれない。
リディアは、図書館の扉を開けた。
中は、静かだ。
本棚が、壁一面に並んでいる。
リディアは、薬学の書棚へ向かった。
そして、一冊の本を手に取った。
「魔力薬学概論」
リディアは、本を開いた。
ページをめくる。
依存性薬物について、記されている箇所を探す。
リディアは、心の中で呟いた。
まずは、情報収集から。
そして、証拠を掴む。
セレナを、止める。
国王を、救う。
リディアは、本を読み始めた。
静かな図書館で、一人。
だが、リディアの心は、燃えていた。
リディアは、図書館の奥、薬学書の棚の前に立っていた。
本を次々と取り出し、ページをめくる。
依存性薬物。
魔力過多による副作用。
解毒法。
リディアは、必要な情報を探していた。
前世の知識と、この世界の薬学を照合する。
セレナの秘薬を暴くための、証拠を掴む。
リディアは、一冊の分厚い本を手に取った。
「魔力薬学と神経系疾患」
リディアは、本を開こうとした。
その時。
背後から、声が聞こえた。
「その本を、探していた」
冷たい声。
低い、男性の声。
リディアは、息を呑んだ。
振り返る。
そこに、一人の男が立っていた。
リディアは、目を見開いた。
銀髪。
長い、銀色の髪が、肩まで垂れている。
隻眼。
右目には、黒い眼帯。
左目だけが、リディアを見つめている。
鋭い、灰色の瞳。
長身。
黒い礼服を着ている。
傷跡。
顔の左側に、古い傷跡が走っている。
リディアは、その男を見つめた。
カイル・ヴァレンティス侯爵。
辺境を治める、冷酷な侯爵。
リディアは、前回の人生で彼と出会った。
彼の娘、エリスを救った。
そして、辺境に匿われた。
リディアは、心臓が高鳴るのを感じた。
カイルは、リディアを見下ろしている。
「お前が、第3王子の婚約者か」
カイルの声は、感情がない。
リディアは、頷いた。
「はい。リディア・アーシェンフェルトです」
カイルは、リディアの手元を見た。
「薬学に興味があるのは、珍しい」
リディアは、本を抱きしめた。
「はい。私は、薬学を学んでいます」
カイルは、値踏みするような視線でリディアを見た。
「お前のような、地味な令嬢が、薬学を?」
リディアは、唇を噛んだ。
地味。
やはり、そう見られている。
だが、それでいい。
リディアは、冷静に答えた。
「はい。人を救いたいと思っています」
カイルは、眉をひそめた。
「人を救う……?」
「はい」
リディアは、カイルの目を見た。
前世の記憶が、蘇る。
カイルの娘、エリス。
8年間、誰も治せなかった病。
魔力過多による、自己免疫暴走。
リディアは、それを治した。
そして、カイルは、リディアを信じた。
リディアは、心の中で確信した。
彼の娘を、救える。
今度も、必ず。
リディアは、慎重に言葉を選んだ。
「侯爵様は、何の本を探していらっしゃったのですか?」
カイルは、少し黙った。
そして、冷たく答えた。
「娘の、病についてだ」
リディアは、息を呑んだ。
やはり。
リディアは、静かに言った。
「お嬢様は、お加減が悪いのですか?」
カイルの目が、鋭くなった。
「何故、お前がそれを知っている」
「いえ、ただ……侯爵様がこの本を探していらっしゃるということは、そういうことかと」
カイルは、リディアを睨んだ。
だが、リディアは視線を逸らさなかった。
カイルは、ため息をついた。
「娘は、8年間病に臥せっている。どの薬師も、治せない」
リディアは、拳を握った。
これだ。
これが、リディアのチャンスだ。
リディアは、勇気を出して言った。
「私に、任せていただけますか?」
カイルは、驚いた顔をした。
「何?」
「お嬢様の病を、私に診させていただけませんか」
カイルは、リディアを見つめた。
そして、冷たく笑った。
「お前、正気か? 8年間、どの薬師も治せなかった病を、お前のような小娘が治せると?」
リディアは、震えた。
だが、引かなかった。
「はい。私には、方法があります」
カイルは、眉をひそめた。
「方法……?」
「はい。詳しくは、お嬢様を診察させていただいてからでないと、お話しできませんが」
カイルは、しばらくリディアを見つめていた。
その目は、懐疑的だ。
だが、同時に、わずかな希望の色も浮かんでいる。
カイルは、懐から名刺を取り出した。
「式典後、私の屋敷へ来い」
カイルは、名刺をリディアに渡した。
「だが、もし娘を治せなければ、お前の命はない」
リディアは、名刺を受け取った。
「わかりました」
カイルは、リディアを一瞥した。
そして、踵を返し、図書館を出て行った。
リディアは、一人残された。
リディアは、名刺を見た。
「カイル・ヴァレンティス侯爵」
住所が、記されている。
リディアは、名刺を握りしめた。
これが、私の新しい人生の始まり。
エリスを救う。
カイルの信頼を得る。
そして、辺境へ。
リディアは、心の中で誓った。
今度こそ、成功させる。
リディアは、名刺を懐にしまった。
そして、再び本を手に取った。
準備をしなければ。
エリスを救うための、知識を。
リディアは、本を読み始めた。
静かな図書館で、一人。
だが、リディアの心は、希望に満ちていた。
本当に、3年前に戻ったのか。
確かめなければ。
リディアは、机の引き出しを開けた。
中には、羊皮紙の束がある。
リディアは、その中から一枚を取り出した。
手紙だ。
アルヴィンからの、婚約通知の手紙。
リディアは、日付を見た。
「王暦1215年、3月15日」
リディアは、息を呑んだ。
3年前だ。
本当に、3年前に戻っている。
リディアは、手紙を机に戻した。
そして、壁を見た。
壁には、小さな暦がかけられている。
リディアは、それを見た。
「王暦1215年、3月15日」
今日の日付が、印をつけられている。
リディアは、震えた。
今日は、婚約発表式典の日だ。
アルヴィンとの、婚約が正式に発表される日。
リディアは、全てを思い出した。
この日から、全てが始まった。
セレナとの、出会い。
アルヴィンの、冷淡な態度。
国王の、病。
そして、追放。
リディアは、拳を握った。
手が、震えている。
前世の記憶。
製薬会社での、孤独。
薬害事件の、告発。
誰も信じてくれなかった、絶望。
そして、今世の記憶。
3年後の、記憶。
セレナの、陰謀。
国王の、毒殺。
追放され、毒を飲まされ、荒野で死んだ記憶。
全て、鮮明に残っている。
リディアは、頭を抱えた。
二つの人生の記憶が、頭の中で混在している。
だが、リディアは混乱していなかった。
むしろ、冷静だった。
これは、チャンスだ。
リディアは、全てを知っている。
何が起こるのか。
誰が敵なのか。
どうすれば、勝てるのか。
リディアは、深呼吸をした。
落ち着け。
今度こそ、変える。
全てを。
その時。
ノックの音が、聞こえた。
リディアは、扉の方を見た。
「リディア様、起きていらっしゃいますか?」
侍女の声だ。
リディアは、扉に近づいた。
「はい、起きています」
「式典の準備を、始めなければなりません。お支度を手伝わせてください」
リディアは、扉を見つめた。
式典。
婚約発表式典。
リディアは、唇を噛んだ。
あの式典で、リディアはセレナと初めて会った。
そして、カイル侯爵とも。
リディアは、決意した。
今度は、違う。
今度は、リディアが主導権を握る。
リディアは、扉を開けた。
侍女が、にこやかに立っている。
「おはようございます、リディア様」
「おはようございます」
リディアは、微笑んだ。
侍女は、部屋に入ってきた。
「さあ、お支度を。今日は大事な日ですから」
侍女は、クローゼットを開けた。
中には、ドレスがかけられている。
淡い緑色の、地味なドレス。
リディアは、それを見た。
あのドレスだ。
リディアが、式典で着たドレス。
地味で、目立たない。
まるで、リディアの存在そのものを象徴しているかのような。
侍女が、ドレスを取り出した。
「さあ、リディア様、こちらへ」
リディアは、侍女の方へ歩いた。
だが、心の中で、リディアは戦略を練っていた。
今度は、この地味さを武器にする。
リディアは、目立たないことで、セレナの警戒を解く。
そして、裏で動く。
証拠を集める。
味方を作る。
リディアは、鏡の前に立った。
侍女が、ドレスを着せてくれる。
リディアは、鏡の中の自分を見た。
地味なドレス。
栗色の、艶のない髪。
灰色の、疲れた瞳。
だが、リディアは微笑んだ。
この弱々しい姿も、今回は武器にする。
誰も、リディアを警戒しない。
誰も、リディアを脅威とは思わない。
だからこそ、リディアは自由に動ける。
リディアは、侍女に言った。
「ありがとうございます。後は、自分でできます」
「本当ですか? 髪は——」
「大丈夫です。簡単にまとめるだけで十分です」
侍女は、少し不安そうだったが、頷いた。
「わかりました。では、式典の開始時刻までに、大広間へお越しください」
「はい」
侍女は、部屋を出て行った。
リディアは、一人残された。
鏡の前で、リディアは自分の髪を簡単にまとめた。
地味に。
目立たないように。
リディアは、鏡の中の自分を見つめた。
そして、小さく呟いた。
「今度こそ、変える。全てを」
リディアの目に、決意の光が宿った。
大広間は、華やかだった。
天井から、巨大なシャンデリアが吊り下げられている。
壁には、豪華な絨毯が飾られている。
そして、貴族たちが、大広間中に集まっていた。
男性は、礼服を着ている。
女性は、豪華なドレスを纏っている。
宝石が、きらめいている。
笑い声が、響いている。
リディアは、大広間の入口に立っていた。
地味な、緑色のドレス。
簡素にまとめた、栗色の髪。
リディアは、周囲を見回した。
貴族たちが、リディアを見た。
「ああ、あれがリディア・アーシェンフェルトか」
「第3王子の婚約者だそうだ」
「地味だな」
「政略結婚の余り物だろう」
囁き声が、リディアの耳に届く。
リディアは、唇を噛んだ。
前回も、同じだった。
貴族たちは、リディアを軽蔑していた。
だが、今回は違う。
リディアは、この軽蔑を利用する。
リディアは、俯いて歩き始めた。
従順で、地味な令嬢。
それが、リディアの演じる役だ。
壇上へ、向かう。
壇上には、すでにアルヴィンが立っていた。
金髪が、シャンデリアの光を受けて輝いている。
整った顔立ち。
貴族たちは、アルヴィンを見て微笑んでいる。
リディアは、壇上に上がった。
アルヴィンは、リディアを一瞥した。
だが、すぐに視線を逸らした。
無関心。
リディアは、アルヴィンの隣に立った。
だが、一歩下がった位置。
まるで、アルヴィンの影に隠れるかのように。
貴族たちが、ざわめいた。
「やはり、目立たない娘だな」
「第3王子には、もったいない」
リディアは、俯いたまま、何も言わなかった。
司会者が、前に出た。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
司会者の声が、大広間に響く。
「ただいまより、第3王子アルヴィン・エルフィード殿下と、リディア・アーシェンフェルト様の、婚約発表式典を執り行います」
貴族たちが、拍手をした。
だが、その拍手は、形式的だ。
リディアは、顔を上げた。
貴族たちを見る。
そして、視線を動かした。
壇上の近く、前列に座っている女性を見つけた。
セレナ・ヴィオレット。
金髪が、美しく波打っている。
碧眼が、輝いている。
豪華なドレスを着て、優雅に微笑んでいる。
セレナは、壇上のアルヴィンを見ている。
その目には、野心の色が浮かんでいる。
リディアは、セレナを見つめた。
お前の手口は、全て知っている。
お前が、国王を毒殺しようとしていることも。
お前が、アルヴィンを操ろうとしていることも。
お前が、私を追放しようとすることも。
全て、知っている。
リディアは、心の中で呟いた。
だが、顔には出さなかった。
リディアは、再び俯いた。
従順で、地味な令嬢。
誰も、リディアを警戒しない。
誰も、リディアを脅威とは思わない。
それでいい。
司会者が、式典の言葉を述べている。
アルヴィンが、形式的に頷いている。
リディアも、形式的に頷いた。
式典は、滞りなく進んだ。
そして、終わった。
貴族たちが、拍手をした。
リディアとアルヴィンは、壇上を降りた。
貴族たちが、アルヴィンに近づいてくる。
「おめでとうございます、殿下」
「素晴らしい式典でした」
アルヴィンは、社交的に微笑んでいる。
だが、リディアには目もくれない。
リディアは、一人、壇上の端に立っていた。
誰も、リディアに話しかけてこない。
リディアは、それでいいと思った。
リディアは、静かに大広間を出た。
廊下を歩く。
リディアは、ある場所へ向かっていた。
王宮図書館。
リディアは、情報を集めなければならない。
セレナの秘薬について。
国王の病について。
そして、カイル侯爵について。
リディアは、全てを知っている。
だが、証拠がない。
証拠を集めなければ、誰も信じてくれない。
リディアは、図書館の扉を開けた。
中は、静かだ。
本棚が、壁一面に並んでいる。
リディアは、薬学の書棚へ向かった。
そして、一冊の本を手に取った。
「魔力薬学概論」
リディアは、本を開いた。
ページをめくる。
依存性薬物について、記されている箇所を探す。
リディアは、心の中で呟いた。
まずは、情報収集から。
そして、証拠を掴む。
セレナを、止める。
国王を、救う。
リディアは、本を読み始めた。
静かな図書館で、一人。
だが、リディアの心は、燃えていた。
リディアは、図書館の奥、薬学書の棚の前に立っていた。
本を次々と取り出し、ページをめくる。
依存性薬物。
魔力過多による副作用。
解毒法。
リディアは、必要な情報を探していた。
前世の知識と、この世界の薬学を照合する。
セレナの秘薬を暴くための、証拠を掴む。
リディアは、一冊の分厚い本を手に取った。
「魔力薬学と神経系疾患」
リディアは、本を開こうとした。
その時。
背後から、声が聞こえた。
「その本を、探していた」
冷たい声。
低い、男性の声。
リディアは、息を呑んだ。
振り返る。
そこに、一人の男が立っていた。
リディアは、目を見開いた。
銀髪。
長い、銀色の髪が、肩まで垂れている。
隻眼。
右目には、黒い眼帯。
左目だけが、リディアを見つめている。
鋭い、灰色の瞳。
長身。
黒い礼服を着ている。
傷跡。
顔の左側に、古い傷跡が走っている。
リディアは、その男を見つめた。
カイル・ヴァレンティス侯爵。
辺境を治める、冷酷な侯爵。
リディアは、前回の人生で彼と出会った。
彼の娘、エリスを救った。
そして、辺境に匿われた。
リディアは、心臓が高鳴るのを感じた。
カイルは、リディアを見下ろしている。
「お前が、第3王子の婚約者か」
カイルの声は、感情がない。
リディアは、頷いた。
「はい。リディア・アーシェンフェルトです」
カイルは、リディアの手元を見た。
「薬学に興味があるのは、珍しい」
リディアは、本を抱きしめた。
「はい。私は、薬学を学んでいます」
カイルは、値踏みするような視線でリディアを見た。
「お前のような、地味な令嬢が、薬学を?」
リディアは、唇を噛んだ。
地味。
やはり、そう見られている。
だが、それでいい。
リディアは、冷静に答えた。
「はい。人を救いたいと思っています」
カイルは、眉をひそめた。
「人を救う……?」
「はい」
リディアは、カイルの目を見た。
前世の記憶が、蘇る。
カイルの娘、エリス。
8年間、誰も治せなかった病。
魔力過多による、自己免疫暴走。
リディアは、それを治した。
そして、カイルは、リディアを信じた。
リディアは、心の中で確信した。
彼の娘を、救える。
今度も、必ず。
リディアは、慎重に言葉を選んだ。
「侯爵様は、何の本を探していらっしゃったのですか?」
カイルは、少し黙った。
そして、冷たく答えた。
「娘の、病についてだ」
リディアは、息を呑んだ。
やはり。
リディアは、静かに言った。
「お嬢様は、お加減が悪いのですか?」
カイルの目が、鋭くなった。
「何故、お前がそれを知っている」
「いえ、ただ……侯爵様がこの本を探していらっしゃるということは、そういうことかと」
カイルは、リディアを睨んだ。
だが、リディアは視線を逸らさなかった。
カイルは、ため息をついた。
「娘は、8年間病に臥せっている。どの薬師も、治せない」
リディアは、拳を握った。
これだ。
これが、リディアのチャンスだ。
リディアは、勇気を出して言った。
「私に、任せていただけますか?」
カイルは、驚いた顔をした。
「何?」
「お嬢様の病を、私に診させていただけませんか」
カイルは、リディアを見つめた。
そして、冷たく笑った。
「お前、正気か? 8年間、どの薬師も治せなかった病を、お前のような小娘が治せると?」
リディアは、震えた。
だが、引かなかった。
「はい。私には、方法があります」
カイルは、眉をひそめた。
「方法……?」
「はい。詳しくは、お嬢様を診察させていただいてからでないと、お話しできませんが」
カイルは、しばらくリディアを見つめていた。
その目は、懐疑的だ。
だが、同時に、わずかな希望の色も浮かんでいる。
カイルは、懐から名刺を取り出した。
「式典後、私の屋敷へ来い」
カイルは、名刺をリディアに渡した。
「だが、もし娘を治せなければ、お前の命はない」
リディアは、名刺を受け取った。
「わかりました」
カイルは、リディアを一瞥した。
そして、踵を返し、図書館を出て行った。
リディアは、一人残された。
リディアは、名刺を見た。
「カイル・ヴァレンティス侯爵」
住所が、記されている。
リディアは、名刺を握りしめた。
これが、私の新しい人生の始まり。
エリスを救う。
カイルの信頼を得る。
そして、辺境へ。
リディアは、心の中で誓った。
今度こそ、成功させる。
リディアは、名刺を懐にしまった。
そして、再び本を手に取った。
準備をしなければ。
エリスを救うための、知識を。
リディアは、本を読み始めた。
静かな図書館で、一人。
だが、リディアの心は、希望に満ちていた。