追放された薬師ですが、冷酷侯爵に溺愛されて辺境でスローライフ始めます

第7章 契約と信頼

数日後。
リディアは、王宮の外、貴族街を歩いていた。
石畳の道。
両側には、豪華な屋敷が立ち並んでいる。
リディアは、一枚の名刺を手に持っていた。
カイル・ヴァレンティス侯爵の、名刺。
住所を確認しながら、歩く。
そして、ある屋敷の前で、立ち止まった。
重厚な、石造りの館。
高い、鉄の門。
門の向こうに、広い庭が見える。
だが、庭には花が少ない。
手入れはされているが、どこか寂しい雰囲気だ。
リディアは、門の前に立った。
深呼吸をする。
緊張が、全身を包む。
だが、リディアは引かなかった。
リディアは、門のベルを鳴らした。
しばらくして、門番が現れた。
「ご用件は?」
「リディア・アーシェンフェルトと申します。カイル侯爵様に、お呼ばれしております」
門番は、リディアを見た。
そして、頷いた。
「お待ちしておりました。どうぞ」
門が、開いた。
リディアは、中に入った。
庭を通り、玄関へ。
玄関の扉が開き、執事が現れた。
「リディア様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
執事は、リディアを中へ案内した。
館の中は、静かだった。
廊下は、冷たい石の床。
壁には、古い絵画が飾られている。
だが、どの絵も、暗い色調だ。
リディアは、執事の後を歩いた。
この屋敷は、冷酷な侯爵の評判通りの雰囲気だ。
威圧感がある。
まるで、訪問者を拒むかのような。
リディアは、唇を噛んだ。
だが、前回の人生で、リディアはこの屋敷を知っている。
この冷たい雰囲気の裏に、カイルの深い愛がある。
娘への、愛。
亡き妻への、悔恨。
リディアは、それを知っている。
執事が、ある扉の前で立ち止まった。
「こちらが、応接室でございます」
執事は、扉をノックした。
「リディア様が、お見えになりました」
「入れ」
カイルの声が、中から聞こえた。
執事が、扉を開けた。
リディアは、中に入った。
応接室は、質素だった。
豪華な装飾はない。
ただ、重厚な木製の家具が置かれているだけだ。
窓からは、庭が見える。
そして、部屋の奥、椅子に座っている男。
カイル・ヴァレンティス侯爵。
銀髪。
隻眼。
無表情で、リディアを見ている。
リディアは、深呼吸をした。
そして、カイルに向かって頭を下げた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
カイルは、何も言わなかった。
ただ、手で椅子を指し示した。
リディアは、その椅子に座った。
カイルとの間に、木製のテーブルがある。
カイルは、リディアを見つめている。
その目は、鋭い。
まるで、リディアの全てを見透かすかのような。
リディアは、緊張を隠した。
そして、口を開いた。
「侯爵様、お嬢様の症状を、詳しく教えてください」
カイルは、眉をひそめた。
「お前、本気で娘を治すつもりか?」
「はい」
リディアは、カイルの目を見て答えた。
カイルは、冷たく笑った。
「8年間だ」
「……はい」
「8年間、どの薬師も治せなかった」
カイルの声が、低くなる。
「宮廷薬師長も、来た。有名な薬師たちも、来た。だが、誰も娘を救えなかった」
カイルは、リディアを睨んだ。
「お前に、何ができる?」
リディアは、拳を握った。
挑発的だ。
だが、リディアは理解している。
カイルは、絶望している。
何人もの薬師に裏切られ、娘の病は治らず、希望を失っている。
だから、リディアを試している。
リディアは、静かに答えた。
「私には、方法があります」
「方法?」
「はい。ですが、まずはお嬢様を診察させてください。症状を正確に把握しなければ、治療法を確定できません」
カイルは、しばらくリディアを見つめていた。
沈黙が、部屋を満たす。
リディアは、息を潜めた。
カイルは、何を考えているのか。
信じてくれるのか。
それとも、追い出されるのか。
リディアは、祈るような気持ちで待った。
そして——。
カイルは、立ち上がった。
「ついて来い」
リディアは、驚いた。
「はい!」
リディアは、急いで立ち上がった。
カイルは、部屋を出た。
リディアは、その後を追った。
廊下を歩く。
カイルは、無言だ。
リディアも、何も言わなかった。
ただ、カイルの背中を見つめながら、歩いた。
カイルは、ある扉の前で立ち止まった。
そして、リディアを見た。
「娘の部屋だ」
リディアは、頷いた。
カイルは、扉をノックした。
「エリス、客人だ」
返事はない。
カイルは、扉を開けた。
リディアは、息を呑んだ。
部屋の中が、見える。
そして、ベッドに横たわる、小さな姿が。
部屋の中は、明るかった。
窓から、柔らかな日差しが差し込んでいる。
だが、部屋には、病の気配が漂っていた。
薬草の匂い。
消毒の匂い。
そして、静寂。
リディアは、部屋の中に入った。
ベッドが、部屋の中央に置かれている。
白い、天蓋付きのベッド。
そして、そこに横たわる、小さな姿。
リディアは、息を呑んだ。
エリス。
カイルの、一人娘。
リディアは、エリスを見つめた。
銀色の髪が、枕に広がっている。
青白い顔。
頬は、こけている。
細い体。
毛布の上から見ても、その小ささがわかる。
だが——。
エリスの瞳は、澄んでいた。
青い、透き通るような瞳。
エリスは、リディアを見た。
そして、小さく微笑んだ。
「あなたが、新しい薬師さん?」
エリスの声は、か細い。
だが、優しい。
リディアは、ベッドに近づいた。
「はい。リディアと言います」
「リディア……」
エリスは、リディアの名前を繰り返した。
「綺麗な名前ね」
リディアは、微笑んだ。
「ありがとう。あなたは、エリスちゃんね」
「うん」
エリスは、頷いた。
リディアは、エリスの横に座った。
そして、静かに言った。
「エリスちゃん、手を貸してくれる?」
エリスは、小さな手を差し出した。
リディアは、その手を取った。
冷たい。
そして、細い。
リディアは、エリスの脈を取った。
前世の知識を使う。
脈拍を数える。
弱い。
不規則だ。
リディアは、エリスの額に手を当てた。
体温を確認する。
微熱がある。
だが、高熱ではない。
リディアは、エリスの目を見た。
「エリスちゃん、体のどこが一番辛い?」
エリスは、少し考えた。
「えっとね……全部、かな」
エリスは、困ったように笑った。
「いつも、体がだるいの。それに、時々、頭が痛くなるの」
リディアは、頷いた。
「息は苦しい?」
「うん。時々ね」
「食欲は?」
「あんまり、ないの」
リディアは、エリスの症状を確認していった。
前回の人生と、同じだ。
魔力過多による、自己免疫暴走。
エリスの体は、魔力を制御できず、自分自身を攻撃している。
だが、治療法はある。
リディアは、それを知っている。
リディアは、エリスの手を優しく握った。
「エリスちゃん、大丈夫。私が、必ず治してあげる」
エリスは、目を見開いた。
「本当?」
「本当よ」
エリスは、涙を浮かべた。
「ありがとう……リディア先生」
リディアは、エリスの頭を撫でた。
「先生だなんて、そんな」
「でも、リディア先生は、優しいもの」
エリスは、微笑んだ。
そして、ベッドの奥を見た。
カイルが、扉の近くに立っている。
無表情だ。
だが、その目は、エリスを見つめている。
エリスは、カイルに向かって言った。
「パパ、リディア先生、いい人だよ」
カイルは、何も言わなかった。
ただ、わずかに頷いた。
エリスは、リディアに囁いた。
「パパはね、いつも怖い顔してるけど、本当は優しいの」
リディアは、微笑んだ。
「そうなのね」
「うん。パパは、私のこと、すごく心配してくれるの」
エリスの目が、優しく輝いた。
「だから、私、早く元気になりたいの。パパを、安心させてあげたいの」
リディアは、胸が熱くなった。
エリスは、こんなに幼いのに、父親を思いやっている。
リディアは、エリスの手を握った。
「大丈夫。必ず、元気にしてあげる」
エリスは、微笑んだ。
「ありがとう、リディア先生」
リディアは、立ち上がった。
そして、カイルの方を向いた。
カイルは、無表情のまま、リディアを見ている。
リディアは、深呼吸をした。
そして、言った。
「侯爵様、診断結果を報告します」
カイルは、頷いた。
リディアは、続けた。
「エリス様の病は、魔力過多による自己免疫暴走です」
カイルは、眉をひそめた。
「魔力過多……?」
「はい。エリス様の体は、魔力を制御できていません。そのため、体が自分自身を攻撃しているのです」
カイルは、息を呑んだ。
「それは……治るのか?」
リディアは、カイルの目を見て、はっきりと答えた。
「はい。治療可能です」
カイルは、目を見開いた。
「本当か?」
「はい。時間はかかりますが、私の方法なら、必ず治せます」
リディアは、自信を持って言った。
カイルは、しばらくリディアを見つめていた。
その目には、驚き、疑念、そして——わずかな希望が浮かんでいた。
カイルは、小さく呟いた。
「本当に……治せるのか……」
リディアは、頷いた。
「はい。お任せください」
カイルは、エリスの方を見た。
エリスは、ベッドで微笑んでいる。
カイルは、再びリディアを見た。
そして、静かに言った。
「頼む」
< 7 / 24 >

この作品をシェア

pagetop