華狐の嫁入り ~離婚を申し出た途端に旦那様が現れました~
 よく晴れた薄水色の空の下、澄んだ空気が気持ちのよい朝のこと。
 白塗りの壁が映える平屋建ての縁側を、すたすたと歩く人影があった。着物姿の少女を筆頭に、全部で三つの影。少女の後ろを慌てた様子で追いかけていく二人の頭には、よく見ると三角形のもふもふした獣の耳がぴょこんとついていた。そして体の後ろにはふさふさの尻尾がせわしなく揺れている。

「お、おおおお待ちください芹香(せりか)さま!」
「どうか、お考え直しを……!」

 芹香と呼ばれた着物姿の少女は、制止する声をもろともせず沓脱ぎ石(くつぬぎいし)に置いてある自分の草履に足を差し込むと中庭へと出た。くっきり二重の凛とした瞳には迷いがなく、まっすぐに切りそろえられた前髪の下、進む先だけを捉えている。その姿は潔く、清廉とした雰囲気を醸し出していた。
 背中まで伸びた艶やかな黒髪は、急ぐ芹香の後ろで風の道を象るように靡き、対照的に白い肌は張りも血色もよく、見る者に白磁を想起させる。

 すると、芹香の足がぴたりと止まった。──否、止められた。
 どこから沸いたのか、一匹の大きな狐が芹香の行く手を塞ぐように舞い降りてきた。

「──紫苑(しおん)……」

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