一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
決意 ✴︎side eito✴︎
エコーのモニターに映る、小さな白黒の影。
ドクン、ドクンと、懸命にリズムを刻む心音。
それを見た時。
『可愛い』とか、『愛おしい』とか。
世間一般の父親が抱くはずの、そんな温かな感情よりも……。
何よりも先に──『怖い』が、あった。
冷や水を浴びせられたように、背筋が凍りついたのを覚えている。
子供が、欲しくなかったわけじゃない。
いつかは家庭を持って、自分の子供とキャッチボールをして……そんな未来を漠然と思い描いてはいた。
……それでも。
それは俺の中にある『数ある欲しいもの』のうちの、一つに過ぎなくて。
教授の椅子。
留学のチャンス。
世界的なジャーナルへの掲載。
誰もが認める外科医としての名声。
それらと並列にある、いつか手に入ればいい「夢」の一つであって、
今、一番欲しいものではなくて。
「なら、性行為なんてしなければいい」
誰かにそう弾劾されたら、ぐうの音も出ない。
避妊具の破損? 確率論?
そんなものは言い訳だ。
医学的に、生物学的に、その行為が何を招くかを知り尽くしているくせに、俺たちは甘かった。
「まさか自分たちは大丈夫だろう」という、根拠のない正常性バイアスに溺れていただけだ。
けれど。
俺が本当に戦慄したのは、避妊の失敗そのものじゃない。
さらに怖かったのが。
こんな状態で育てたなら、他に欲しかった『沢山のもの』を──全て、諦める必要があるかもしれないという事実だった。
この小さな命を受け入れるということは、
俺の野心を、時間を、キャリアを、全て差し出すことと同義なんじゃないか。
俺の人生というリソースが、ここで全て食いつぶされてしまうんじゃないか。
それが、たまらなく怖かった。
エコーに映る小さな影が、俺の未来を塗りつぶしていく巨大な壁に見えた。
俺は、最低だ。
自分の子供の命と、自分の野心を天秤にかけて、野心の方に傾きそうになっている。
だから俺は、あの時。
「おめでとう」と言ってやることも、抱きしめてやることもできず。
ただ凍りついたまま、「時間をくれ」と逃げ出すことしかできなかったのだ。