Love in Crisis

◆第1話 ── ペットイベントの爆音と、見えない影

季節も秋の涼しさを感じられる休日。
 中山莉子は、胸に抱える小さなペット・ミニチュアシュナウザーの「ムギ」と一緒に、市街地の大型公園で開催されるペットイベントにやって来ていた。

「ムギ、ほら見て。いろんなお店あるよ!」

 青空の下、キッチンカーとペット用品の店が並び、人と動物の賑やかな声が響く。ムギは尻尾をブンブンと振り、嬉しそうに鼻をひくつかせた。

 莉子も笑顔になる。
 少し前まで学校で色々あって落ち込んでいたが、今日は久しぶりに明るい気持ちになれそうだった。

 ――その時だった。

「ムギ? どこ行くの!」

 ムギが急に駆けだした。方向は、公園端の駐輪場。
 莉子は慌てて追いかける。

 駐輪場は午後の陽射しで熱を帯び、自転車の金属が重く光っていた。
 ムギは一台の古いママチャリのあたりを、落ち着かない様子でクンクン嗅ぎ回っている。

「どうしたの? そこ、誰かの自転車だよ?」

 莉子が近づいた瞬間。

 ムギの毛が逆立ち、悲鳴のように「ワンッ!!」と吠え、莉子の方へ飛びつくように離れた。

「ムギ!?」

 次の瞬間――
 爆音が空気を裂いた。

 ドォン!!!!!

 自転車が炎の塊となり、衝撃波が莉子を吹き飛ばす。
 ムギの小さな体が宙を舞う。

「――ムギっ!!」

 反射的に手を伸ばし、莉子はムギを抱きとめた。
 腕に激痛が走ったが、それでも胸にしっかり抱きしめる。

 ムギの足から血がにじみ、震える体が莉子の腕の中で小さく縮こまる。

「誰か…! 誰か助けてください!」

 叫び声に、近くにいたスーツ姿の男性が駆け寄ってきた。白衣は着ていないが、整えられた手元には医療用らしい小さなポーチ。

「ペットが怪我をしたんですね? 私は獣医です。まず傷を見せてください」

「獣医さん…! 助けてください…ムギの足が…!」

 驚きと安心が入り交じり、莉子は震える手でムギを差し出す。
 男性は真剣な眼差しで傷を確認し、短く説明する。

「今は道具を持っていません。すぐ近くの屋内応急処置場に移動しましょう。そこなら手当てできます」

「はい…!」

 莉子は獣医の後に続いた。
 混乱と恐怖のせいで周りがまともに見えない。
 爆発の原因は? 他に怪我人は?

 全てが霞のようにぼやけていった。

 屋内の応急処置場に入ると、獣医はてきぱきとムギの足を包帯で固定し、消毒を施した。

「応急処置としては十分です。あとは病院へ行けば大丈夫でしょう」

「本当に…ありがとうございます」

 ほっと息をつく。
 ムギが安心したのか莉子の腕の中で小さく鳴いた。

 立ち去ろうとしたその瞬間。

 背後から男の声が響いた。

「危ない!!」

「えっ――」

 振り向いた時、首元に鋭い痛みが走る。
 チクリ…と、注射のような刺激。

「な、に…?」

 視界が揺れ、床が波のように歪む。
 意識が暗闇に吸い込まれていく。

 最後に見えたのは、誰かの足元。
 白いスニーカー。そして、しゃがみ込む影。

 その表情は見えなかった。
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