Love in Crisis

◆第5話 「沈む迷路と、揺れる想い」

落下の感覚は一瞬だった。

闇の中で何度も身体が回転し、風が頬を切る。

莉子は、とっさに奏叶の腕にしがみつく。
奏叶も、全力で彼女を抱き寄せた。

「大丈夫だ、離れるな!」

その声が届いた瞬間、下から柔らかい衝撃が二人を包む。

——バーンッ!

「っ……!」

巨大なマットのようなものに落ちたらしい。
衝撃はあったが、骨に異常はない。

莉子の頭がぐらぐらし、視界はぼんやりと揺れる。
薄暗い天井が滲んで見えた。

数秒後、ようやく息を整えると——

「…………っ、莉子!」

奏叶が肩を支え、真っ直ぐに覗き込む。
声が震えていた。

「どこか痛いところはないか?」

「う……ん、大丈夫……奏叶は?」

「俺も平気だ」

その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
こんな状況でも、奏叶は真っ先に自分を心配してくれる——

——あの獣医の言葉が頭に浮かぶ。

「首に爆弾がある。解除は二人が本当に思い合っている場合のみ、キスで可能」

莉子の心臓が、速く、痛いほどに打つ。

「……奏叶」

「どうした?」

言いかけて、喉が詰まる。
『爆弾なんて嘘だよね……?』
『キスで解除なんて……本当に?』
怖くて声にならない。

(奏叶が……もし死んだら……)

想像するだけで息が詰まる。

奏叶は、莉子の不安に気づいたらしい。
優しく微笑む。

「大丈夫だ。爆弾が本物でも……莉子に危害は絶対加えさせない」

「なんで、ひとりで……背負うの?」

震える声で問いかけると、奏叶は目を伏せる。

「ひとりで背負ったんじゃない。莉子に負わせたくなかっただけだ」

「奏叶……」

「莉子が怖がる顔を、俺は見たくなかった」

低くかすれた声。
その一言だけで、胸が締めつけられる。
まるで、ずっと前から自分のことを思ってくれていたみたいに。

莉子は胸を押さえ、震える息を吐く。

——そのとき、廊下の奥で靴音が響く。

——カツ、カツ、カツ。

薄暗い空間に黒い影が現れた。

「……やっと見つけたじゃん、二人とも」

その声には聞き覚えがあった。

ライトに浮かんだのは——篠山佳奈。
親友であり、獣医の手下。
表情は冷たく、鋭く、ねじれた怒りを帯びている。

「佳奈……どうして……?」
莉子が声を震わせると、佳奈は吐き捨てる。

「逆に聞かせてよ、莉子。
なんであんただけが奏叶に守られてるわけ?」

「……え?」

「アンタなんかより、私の方が奏叶を……!」

声が震え、嫉妬がむき出しになる。

奏叶が前に出る。

「佳奈。もうやめろ。お前が何を抱えていようと、莉子を巻き込むな」

佳奈は嘲笑し、スマホを取り出す。

「じゃあ、これどう?」
画面には赤く光る文字——

「奏叶の首のデバイス作動」

莉子の血の気が引く。

「佳奈……やめて……!」

「だったら証明してよ、莉子。
アンタが“奏叶の特別”じゃないってことを……!」

警告音が鳴り響く——

ピピピピッ!

奏叶が苦しげに首筋を押さえる。

「っ……く……!」

「奏叶!!」

莉子は叫び、駆け寄ろうとする。
しかし佳奈が腕を掴む。

「行くなって言ってんの!」

「離して! 奏叶が……!」

「うるさい!!」

莉子は押し返され、壁にぶつかりそうになった瞬間——

「莉子!!」

奏叶が力の限り腕を伸ばし、莉子を抱きしめながら倒れ込む。
床に転がる二人。

奏叶は苦痛に顔を歪めながらも、必死に莉子を守る。

「奏叶……っ!!」

莉子は涙を滲ませ、胸に顔を埋める。

「……怪我、ないな」
「あるよ……心臓が痛い……怖かった……!」

「泣くな……俺が守る。絶対に」

莉子は胸に溢れる想いを止められなかった。

——守りたい。
——失いたくない。

思い切り奏叶の頬に手を添え、息を震わせる。
視線がぶつかり、互いの鼓動が伝わる距離で、自然と唇が重なる。

電流のような熱が走り、首の痛みが少し和らぐ。
奏叶の瞳に、死への恐怖と、でも自分を守りたいという愛が映る。

莉子は涙をこらえ、さらに彼に近づく。
互いの呼吸が重なり、唇が自然に深く絡み合う——
赤いランプが徐々に落ち着き、奏叶の表情に安堵と愛情があふれ出す。

「奏叶……絶対に離れない……」
「俺もだ……莉子」

二人の心は、危険を越えてつながった——

佳奈は悲鳴を上げ、スマホを握りしめる。

「……なんで……なんで二人とも……!!」

莉子と奏叶は、互いの存在を確かめるように抱き合ったまま、次の行動に向かう。
まだ獣医の罠は終わらない。だが、二人の絆は揺るがない——



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