半年限定の花嫁だけど、本気で求められています
第2話 ガラスの城で始まる“契約花嫁”生活
結婚式の翌日。
紗菜は、まだ現実を飲み込めないまま、電車の窓に映る自分の顔をみつめていた。
「……なんで、私が“契約花嫁”なんてことに……」
天井の蛍光灯に照らされた自分の表情は、驚きと不安の混ざった“昨日のまま”。
(普通のOLで、地味で、特技も何もないのに……)
(相手は、御堂怜司。財閥の御曹司。手の届かない世界の人。)
昨日の彼の言葉が、まだ耳の奥で響いていた。
『君なら、悪くないと思った』
(……あれって、どういう意味だったの?)
そんな疑問を抱えたまま、紗菜は指定された車両に乗り換える。
そこには、運転手付きの黒い車が待っていた。
「桜井紗菜様ですね。御堂家よりお迎えに参りました」
丁寧な言葉遣いに、紗菜は慌てて頭を下げた。
――どう考えても、自分はそんな扱いを受けるような人間じゃない。
しかし車は、その“自分の価値観”などお構いなしに、
高級住宅街を抜け、さらに奥へ奥へと進んでいく。
そして目の前に現れたのは――
ガラスの城。
いや、そうとしか言いようがなかった。
天井まで届くガラス張りの壁。
真っ白な外壁と、彫刻のように整えられた庭木。
重厚な鉄のゲートがゆっくりと開く音がするたび、紗菜の心臓は跳ねた。
(ここが……怜司さんの家……?)
門をくぐった瞬間、まるで空気まで変わったように感じた。
普通と豪奢の境界線を、確かに越えてしまったのだ。
玄関ホールに足を踏み入れたそのとき。
カツ、カツ――と靴音が響く。
ゆっくりと階段から降りてきたのは、怜司だった。
黒のシャツにダークグレーのスラックス。
“仕事帰りの御曹司”という存在だけで、空気が締まる。
「……来たのか」
それだけなのに、胸の奥がじん、と熱くなる。
「え、えっと……あの、昨日のことなんですけど……
契約結婚って、その……本当に私なんかで……?」
怜司は足を止め、真っすぐに紗菜を見る。
目が合った瞬間、呼吸が浅くなった。
彼の瞳には、冷たさよりも――意志があった。
「君じゃなきゃ困る」
「っ……!」
言葉が喉にひっかかった。
「祖母――会長は、身分だの家柄だのと煩い。
“結婚候補”なんて勝手にリストまで作り始めた」
怜司は少しだけ表情を曇らせる。
「……俺は、ああいう政治的な婚姻が嫌なんだ」
そして、さっきより少し柔らかい声で続けた。
「昨日、お前を見たとき……直感した」
「ちょ、ちょっと待ってください!
私、特別なこと何もしてませんよ……!?
むしろ、私は――」
怜司は近づき、彼女の言葉をそっと遮った。
「静かに。落ち着け」
その声音が優しすぎて、紗菜は一瞬言葉を失った。
怜司はさらに歩み寄る。
距離が……近い。
「俺が選んだ理由は君にはわからないだろうが……」
指先が紗菜の髪に触れ、ふわりと頬に落ちる。
「……“普通の幸せ”を知っている女性を、俺は欲しかった」
心臓が跳ねた。
頬が熱くなり、息が詰まる。
「お前には、俺の世界にない“大切なもの”がある。
俺は……それを欲している」
まっすぐな声。
嘘やごまかしのない、本音の響き。
(そんなふうに言われたら……断れない……)
怜司は小さな書類の束を手にして、紗菜の前に差し出した。
「これが契約書だ。
半年間、俺の婚約者として生活してもらう」
紗菜は震える手で受け取り、ページをめくる。
そこには細かい条項がずらりと並んでいて――
その中のひとつに、目が留まった。
【御堂怜司は、桜井紗菜の生活を全面的に保証する】
【精神的・身体的に無理な要求は絶対に行わない】
【紗菜を守ること】
(え……?)
思わず顔を上げると、怜司は少しだけ照れたように視線をそらした。
「……会長が口を出してこないように俺が書いた。
“俺の花嫁に負担をかけさせるな”ってな」
ドクン――
心臓が大きな音を立てた。
(……花嫁……って……)
怜司は、ほんの一呼吸のあと、紗菜に向き直った。
「紗菜。
契約でも形だけでも構わない。
――俺の隣に立ってほしい」
紗菜の胸はぎゅう、と締めつけられた。
この豪華な世界にも、自分を必要としてくれる人がいる。
そんなふうに思えた瞬間だった。
そして――
ゆっくりとペンを取り、契約書に名前を書いた。
「……桜井紗菜、署名しました」
怜司の瞳が、かすかに揺れる。
その揺れが、なぜか優しさに見えた。
「……これで今日から、お前は俺の婚約者だ」
怜司はそっと紗菜の手を取り、温かく握る。
その仕草は、契約のためのスキンシップではなく――
紗菜を包み、導く“本物の手”だった。
(……こんなの、もう……)
――恋してしまうに決まってる。
そう思った瞬間、怜司の親指が紗菜の手の甲を、
優しくなぞった。
そして、低く甘い声で囁く。
「覚悟しておけよ。
契約でも……俺は、お前を甘やかすつもりだ」
紗菜の心臓が、大きく跳ねた。
こうして紗菜は、
“ガラスの城で始まる、身分差×溺愛婚”へと足を踏み出した。
紗菜は、まだ現実を飲み込めないまま、電車の窓に映る自分の顔をみつめていた。
「……なんで、私が“契約花嫁”なんてことに……」
天井の蛍光灯に照らされた自分の表情は、驚きと不安の混ざった“昨日のまま”。
(普通のOLで、地味で、特技も何もないのに……)
(相手は、御堂怜司。財閥の御曹司。手の届かない世界の人。)
昨日の彼の言葉が、まだ耳の奥で響いていた。
『君なら、悪くないと思った』
(……あれって、どういう意味だったの?)
そんな疑問を抱えたまま、紗菜は指定された車両に乗り換える。
そこには、運転手付きの黒い車が待っていた。
「桜井紗菜様ですね。御堂家よりお迎えに参りました」
丁寧な言葉遣いに、紗菜は慌てて頭を下げた。
――どう考えても、自分はそんな扱いを受けるような人間じゃない。
しかし車は、その“自分の価値観”などお構いなしに、
高級住宅街を抜け、さらに奥へ奥へと進んでいく。
そして目の前に現れたのは――
ガラスの城。
いや、そうとしか言いようがなかった。
天井まで届くガラス張りの壁。
真っ白な外壁と、彫刻のように整えられた庭木。
重厚な鉄のゲートがゆっくりと開く音がするたび、紗菜の心臓は跳ねた。
(ここが……怜司さんの家……?)
門をくぐった瞬間、まるで空気まで変わったように感じた。
普通と豪奢の境界線を、確かに越えてしまったのだ。
玄関ホールに足を踏み入れたそのとき。
カツ、カツ――と靴音が響く。
ゆっくりと階段から降りてきたのは、怜司だった。
黒のシャツにダークグレーのスラックス。
“仕事帰りの御曹司”という存在だけで、空気が締まる。
「……来たのか」
それだけなのに、胸の奥がじん、と熱くなる。
「え、えっと……あの、昨日のことなんですけど……
契約結婚って、その……本当に私なんかで……?」
怜司は足を止め、真っすぐに紗菜を見る。
目が合った瞬間、呼吸が浅くなった。
彼の瞳には、冷たさよりも――意志があった。
「君じゃなきゃ困る」
「っ……!」
言葉が喉にひっかかった。
「祖母――会長は、身分だの家柄だのと煩い。
“結婚候補”なんて勝手にリストまで作り始めた」
怜司は少しだけ表情を曇らせる。
「……俺は、ああいう政治的な婚姻が嫌なんだ」
そして、さっきより少し柔らかい声で続けた。
「昨日、お前を見たとき……直感した」
「ちょ、ちょっと待ってください!
私、特別なこと何もしてませんよ……!?
むしろ、私は――」
怜司は近づき、彼女の言葉をそっと遮った。
「静かに。落ち着け」
その声音が優しすぎて、紗菜は一瞬言葉を失った。
怜司はさらに歩み寄る。
距離が……近い。
「俺が選んだ理由は君にはわからないだろうが……」
指先が紗菜の髪に触れ、ふわりと頬に落ちる。
「……“普通の幸せ”を知っている女性を、俺は欲しかった」
心臓が跳ねた。
頬が熱くなり、息が詰まる。
「お前には、俺の世界にない“大切なもの”がある。
俺は……それを欲している」
まっすぐな声。
嘘やごまかしのない、本音の響き。
(そんなふうに言われたら……断れない……)
怜司は小さな書類の束を手にして、紗菜の前に差し出した。
「これが契約書だ。
半年間、俺の婚約者として生活してもらう」
紗菜は震える手で受け取り、ページをめくる。
そこには細かい条項がずらりと並んでいて――
その中のひとつに、目が留まった。
【御堂怜司は、桜井紗菜の生活を全面的に保証する】
【精神的・身体的に無理な要求は絶対に行わない】
【紗菜を守ること】
(え……?)
思わず顔を上げると、怜司は少しだけ照れたように視線をそらした。
「……会長が口を出してこないように俺が書いた。
“俺の花嫁に負担をかけさせるな”ってな」
ドクン――
心臓が大きな音を立てた。
(……花嫁……って……)
怜司は、ほんの一呼吸のあと、紗菜に向き直った。
「紗菜。
契約でも形だけでも構わない。
――俺の隣に立ってほしい」
紗菜の胸はぎゅう、と締めつけられた。
この豪華な世界にも、自分を必要としてくれる人がいる。
そんなふうに思えた瞬間だった。
そして――
ゆっくりとペンを取り、契約書に名前を書いた。
「……桜井紗菜、署名しました」
怜司の瞳が、かすかに揺れる。
その揺れが、なぜか優しさに見えた。
「……これで今日から、お前は俺の婚約者だ」
怜司はそっと紗菜の手を取り、温かく握る。
その仕草は、契約のためのスキンシップではなく――
紗菜を包み、導く“本物の手”だった。
(……こんなの、もう……)
――恋してしまうに決まってる。
そう思った瞬間、怜司の親指が紗菜の手の甲を、
優しくなぞった。
そして、低く甘い声で囁く。
「覚悟しておけよ。
契約でも……俺は、お前を甘やかすつもりだ」
紗菜の心臓が、大きく跳ねた。
こうして紗菜は、
“ガラスの城で始まる、身分差×溺愛婚”へと足を踏み出した。