半年限定の花嫁だけど、本気で求められています

第7話 嫉妬とキス未遂と、本気の心

イベントを終え、紗菜と怜司は帰りの車に乗り込んだ。
 肩が触れるだけで鼓動が早くなる距離。
 だけど紗菜はずっと俯いていた。

 (舞さん……綺麗だったな……)
 (怜司さんの隣に立つなら、ああいう人のほうが……)

 胸がきゅっと痛む。
 嫉妬というものが、こんなに苦しいとは知らなかった。

 怜司が横目で紗菜を確認する。
 「……黙りすぎだ」

 「……ごめんなさい」

 「謝るな。理由を言え」

 怜司の声は強いわけではない。
 ただ真っ直ぐすぎて逃げられない。
 紗菜は胸に手を当て、小さく息を吸う。

 「……私、怜司さんの隣に立つの……怖いんです」

 怜司の指が、わずかに動いた気がした。

 「舞さんみたいな人のほうが……怜司さんには、似合うから……」

 俯いて呟くと、突然、手首を掴まれた。
 ぐっと引き寄せられる。
 息が止まるほど近い――怜司の顔。

 「……紗菜」

 名を呼ぶ声は低く、熱を帯びていた。
 逃げ場を塞ぐように、もう片方の手が紗菜の腰に触れる。

 「誰と俺を並べようが勝手だ」
 「でも――俺が選んだのは、お前だ」

 その声は、胸の奥まで響く。
 紗菜は慌てて顔をそらそうとするが、怜司が顎に指を添えて止めた。

 「見るんだ、紗菜。俺を」

 どうしよう。
 見たら、心臓が壊れそう。

 でも……逃げられなかった。

 怜司の瞳に自分が映っている。
 その光が、限りなく優しくて、熱くて――思わず息を呑む。

 「……お前が舞を見て不安になる必要はない」
 怜司の親指が紗菜の唇の端をそっとなぞった。

 「お前が嫉妬する相手は……俺だけでいい」

 「っ……!」

 そんな甘い声を、すぐ隣の席で、顔の距離数センチで囁かれたら――。

 紗菜の視界が揺れた。
 怜司はさらに顔を近づける。

 ほんの少し、紗菜の唇が開く。
 怜司の視線がそこに落ちた瞬間、車内の空気が一気に甘くしびれる。

 「……紗菜」
 怜司の指が頬を撫でる。
 触れたところがじんじん熱くなる。

 「キス、してほしいのか?」

 耳まで一瞬で熱くなる。
 紗菜は苦しそうに息を吸い、震えながら首を振った。

 「ち、違っ……そういうのじゃ……ないです……!」

 怜司の口元がゆっくり緩む。
 挑発するような、甘い笑み。

 「……じゃあ、“俺がしたい”と言ったら?」

 心臓が止まりそうになった。

 言えない。
 でも、否定もできない。

 怜司は紗菜の迷いをすべて見透かしたように、
 そっと額を合わせてきた。

 「……紗菜。お前が思ってる以上に、俺はお前を気にしてる」

 額と額が触れたまま、唇の距離がほんの数センチ。
 キスをする直前の静かな時間。
 呼吸が混ざり合いそうなほど近い。

 「……やめないと……私……」

 「やめてほしいのか?」

 怜司の声が甘く落ちる。

 紗菜の唇が震えたその瞬間――。

 車がカーブを曲がり、軽い衝撃で身体がわずかに揺れた。

 怜司は不機嫌そうに舌打ちし、顔を離す。
 「……今日はここまでだな」

 “ここまで”。
 つまり、あれは――本気のキスの直前だった。

 胸が跳ね上がる。
 紗菜は手を押さえ、必死に呼吸を整えた。

 怜司は何事もなかったように窓の外へ視線を向けている。
 だけど、その指先は紗菜の手を離していなかった。

 (怜司さん……今、本気だった……?)
 (キスされてたら……私、どうなってたんだろう)

 痛いほど胸が締め付けられる。
 でも、それ以上に――熱い想いが広がっていた。

 それはもう、“偽り”ではなかった。
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