【Web版】天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~
五章

【五章】

 ニューヨークの研究施設に宗司さんが入院して三日目に、彼の両親がやって来た。

「こっちよ、志季子さん」

 マンハッタンの真ん中にあるホテルのカフェで、宗司さんのお母さんが手を振る。横でにこやかにしているのはお父さんだ。

「お忙しいところ、すみません」

 日本でも一度お会いしているふたりに頭を下げると、すぐに席を勧められた。夫妻の向かいに座り、ウエイターに紅茶とケーキを注文する。なんでもこのホテルはイギリス系列らしく、紅茶が美味しいと耳にしていたからだ。

「とんでもないわ。わたしたちもこちらで用事があって」
「宗司の調子はどうかな?」

 お義父さんに聞かれ、「今のところ順調です」と笑う。

「検査結果もかなりいいです」
「よかったわ。本当にあの子、我が強いから、治療について聞いたときはそんな時間取れないと拒否すると思っていたんだけれど」

 お義母さんがホッと眉を開く。小さく頷く私に、お義母さんが「志季子さんのお陰よね」と微笑む。

「え、私ですか?」
「そうよ。きっと、あなたのために元気になりたいと思ったの、あの子」

 くすくすと笑い、お義母さんは紅茶に口をつける。そのタイミングで私の紅茶とチョコレートの繊細な飾りがついたケーキが運ばれてきた。私も紅茶を一口飲み、目を丸くする。

「わあ、美味しい」

 思わず目を丸くする私を見て、お義父さんが笑う。

「宗司の言っていたとおりだな」
「え?」
「素直で可愛いんだって、すっかりのろけて」
「やだ、お父さん。それ内緒だって、言っていたじゃない」
「あれ。そうだったかな」
「そうよ。もう。後で怒られるわよ」

 私は照れくさくて目線をうろうろとさせる。お義母さんは優しく微笑んだ。

 ……それにしても、この穏やかなご夫婦から、どうやったらあの我が強い俺様外科医が誕生するのだろうか。いやもちろん、彼には信念とか正義感とか責任感とか、譲れないものがたくさんあって、それでも性格だというのはなんとなく理解しているのだけれど。

「それにしても、困ってない? あの子、俺様だから」

 紅茶を噴き出しそうになる。心を読まれたかと思った。お義父さんも眉を下げた。

「小さい時から我が強いんだ」
「そう」
「へえ?」

 私は首を傾げた。

「一歳くらいのときかしら。一回言葉を話したときに、わたし達がほめそやしてしまったの。後で聞いたら、それが子ども扱いで気に入らないって理由だったんだけど、そこからしばらく言葉どころか声すらほとんど出さなかったわ」
「わあ」

 私はなんと言えばいいのかわからず紅茶を飲んだ。そんな赤ちゃん、いるんだ……。
 というか、その時の記憶保持してるんだ……。
 いやまあ、子供のころの授業内容だって全部記憶している人だから不思議ではない。
 ないんだけども。

「次に喋ったのが“僕はそれはいやだ”だったから腰を抜かしたよな」
「いきなり三語文だし、指示語使ってるし。伝わらなくてイライラして喋ったらしいのよ、ほんとわが子ながら怖いわよね」
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