【Web版】天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~
二章
【二章】
俺は混乱していた。人生で初めて困惑している。なんで、あいつ……吉武志季子は俺を撫でたんだ?
ドッドッドッドッドと心臓が高鳴っているのは熱のせいだ。
決して額を吉武に撫でられたからじゃない。
『嫌な夢を見ませんように』
優しい声音が耳に残っている。くそ、なんでこんなことに?
だいたい、室内灯のリモコンを片手に「ふふふ」と不気味にほくそ笑んでいる変な女だぞ? 一体どうしてこんなに俺は困惑させられているんだ。
怒るべきだった。勝手に触るなと、痛みに歯を食いしばってでも手を払いのけるべきだった。実際、他の人間にされていたらそうしていたはずだ。
なのに、あの手が。
彼女の指先が俺の肌に触れた瞬間、動けなくなった。それどころか、狸寝入りだなんて、ありえないだろ……。
※※※
朝目覚めると、吉武が勝手に部屋に入って来た。
「あら、顔色もいいですね。朝食、勝手に作りましたがこちらに運びましょうか?」
「いやいい。君の食事なんて食べたら、絶対にぶり返す」
「失礼な。ちゃあんとレシピ通りに作りましたし、だいたいお粥ですし」
「シンプルな料理ほど腕の違いが出るんだよ」
俺は起き上がりながら頭を左右に倒す。
あの薬を使ったとき特有のぼんやりした怠さなんかが一切ない。教授が取った俺のデータを、完璧に解析し、薬の量を調節したのだろう。
「……案外、君、腕がいいんだな」
「お粥のですか?」
「食ってもいないだろうが、阿保か」
呆れている俺に吉武は微笑み、慣れた手つきで点滴を外す。看護師に任せきりでへたくそになっていく医師も多いのに。
「そこそこ美味しかったですよ?」
自信満々に言われた瞬間、空腹を知覚する。そういえば昨日から何も食べていない。
不味くてもカロリーくらいは摂れるだろうと頷けば、吉武は嬉しげに笑った。
心臓がキュッと痛んだ、……気がした。心臓には何の問題もないはずなのに。
結局、可も不可もない吉武の粥を、俺は二杯もお代わりした。