【Web版】天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~
三章
【三章】
「一体どういうことですか、今日のあれは」
玄関先から物音がして、私は猛ダッシュでだだっ広い廊下をり、開口一番にそう言った。
ひとめで上質だとわかるノーカラーのコートを着た香月先生……じゃない、宗司さんは靴を脱ぎながら私を見て嬉しげな表情を浮かべる。
さすがにドキっとした。
嫌味なくらい整った顔面の人にそうされると、勝手に変な反応になる。
「久しぶりに帰宅したんだからすこしは労ってくれ」
「それは、……お疲れさまですけれども」
「うん」
そう言って、彼はとっても自然に私を抱きしめた。
……まだ理解できてない。この人が、本当に私を好き? それはありえないんじゃないだろうか? なんて考えつつハッと彼の腕から抜け出す。
「それとこれとは別問題ですよね」
「そうかな」
「そうですよ。人前であんな、見せつけるみたいにいちゃつく真似なんかして」
「真似じゃない。いちゃついた」
「必要性があ……りませ……あら?」
私は腕を組み、彼を見上げる。嫌味なくらい端整な顔に彼はにやにやと笑みを浮かべている。
「わざと?」
「気が付くのが速いな」
「既成事実化しようとしてます?」
「そうだ」
私が眉を吊り上げたのを見て、宗司さんはとってもうれしそうに私の頬をつつく。
「可愛い。怒った君も可愛い」
「だいたい怒っている気がしてますけどね」
「これはあれか、好きな女の子をいじめてしまう子供の心理だな」
「やめてください。そういう人、嫌いです」
「それは嫌だ。よし、じゃあデートしよう」
私はさすがに「は?」と首を傾げる。
「今の文脈でなにがどうなってデート……」
「いいだろ? 週末、休みなんだ。久しぶりに」
「まあ、三が日病院にいらっしゃいましたからね。って、診察。血液検査の結果出てます、ぎりぎり数値内でした」
四日の朝の内に採血をしていたのだ。
あのカフェでの騒動の後……あれのせいであっという間に院内に噂が広まった。いや、それどころか学生まで知っていた。
「そうか。君に膝枕してもらったらもう少しよくなる気がする」
……なんて軽口を言っていたのに、結局深夜になって彼は症状がひどく出てしまった。やっぱり疲れのせいだ。
「宗司さん。すこし長く休みませんか」
ベッドに横たわる彼に点滴を施しながら、私は眉を下げた。
「療養が必要です。休めばもう少し強い治療も可能なので」
「人手がない」
「補充されますよ、いくらなんでも」
「俺一人で三人分くらいあるぞ」
「三人で済むんですか」
彼にしては謙虚だ。
「そんなものだろう」
熱に浮かされ、全身を痛みに支配されながら彼は続ける。
「俺は天才じゃない。ただの凡人だから、努力して努力して、それでようやく戦えているんだ」
私は思わず黙り込む。点滴の管を、ぽたん、ぽたん、と薬剤の混じった液が落ちていく。
「立ち止まったらそこで終わる」
宗司さんのかすれ声が部屋に響く。それくらいの覚悟で彼は医師をしている。
私だって、病で苦しむ誰かを助けたい、支えたいといつも思っていた。
でも――病気を心から憎んだのは、初めてかもしれない。
症状が落ち着いた彼にデートに連れ出されたのは、翌週末のことだった。