届かない想いの先で、あの日の君に伝えたい。
届かない想いの先で、
真っ暗な視界の中、繰り返し俺の名前を呼ぶ声がする。その声が段々と増えていくのを感じ、その騒がしさに耳を塞ぎたくなる。
「……や、和泉誠弥!」
頭に何かがぶつかる衝撃で目を覚ますと、目の前には呆れた顔でこちらを見下ろす担任の姿があった。彼の手には丸められたファイルがあり、自分はこれで頭を叩かれたのだと察する。ぼんやりとしていた意識が徐々に覚醒すると、ここは教室でLHRの最中であったことを思い出す。
「あ、先生。おはようございます」
「おはようじゃないだろ。お前寝るだけならまだしも、唸り声が前まで聞こえてたぞ」
俺の席は窓際の一番後ろだ。教卓まで聞こえていたということは、教室中に聞こえていたということだろう。クラスメイトがこちらを見るのに気遣わしげな目が混じっていることにも納得がいく。
「いやー、食べ過ぎる夢を見ちゃってました」
「お前な……まあ、いい。文化祭の実行委員、男子は和泉に決まったから」
「えっ!? なんでですか」
「堂々と寝てるからだよ。部活もしてないし暇だろ」
異論は認めないというように言い放つと、先生は教卓の方へ戻っていった。その背中を目で追うと、教卓前の席に座る高見葉月と目が合った。それもすぐに逸らされてしまい、俺は背中を見つめることになる。
かっこ悪いところを見せてしまったな……
あえてひょうきんに振る舞っているのだからかっこ悪いだなんて今更だろうか。高校に入学してから一年半、ずっとこの調子なのだからかっこいい姿なんて見せたことはないのかもしれない。
「男も決まったことだし、続きは実行委員が仕切ってくれ。詳細はここに載ってるから」
先生は教卓にファイルを置くと、窓際で広げたパイプ椅子に足を組んで座った。各クラスで男女一名ずつ決める文化祭の実行委員、そのうちの男子は拒否権なく決まってしまった。俺が寝ている間に決まったであろう女子は誰なのだろうと思いながら席を立つと、数秒遅れて席を立つクラスメイトが視界に入ってきた。
あ、高見さん……
先に教壇へ上がった彼女は、ファイルに挟まれたプリントに目を通して俺が来るのを待っている。歩みを速めて教壇に向かい彼女の横に並ぶ。
「とりあえず、クラスで何をするか決めるか」
「そうだね。私板書するから和泉くんみんなに意見聞いてもらえる?」
「おっけー」
うるさい鼓動に気づかないふりをして平然と答える。高校二年生となり同じクラスになってから半年、まともに話した回数は片手で数えられる程度の彼女に片思いをしているなんて、きっとこのクラスの誰にもばれていない。しっかり者でみんなに頼られる彼女とふざけてばかりの俺とでは、どこか住む世界が違うとまで感じてしまうだろう。
「みんな静かにー。文化祭でしたいこと挙げて。周りと話し合ってもいいから」
クラスメイトが話し合う間にプリントに目をやる。二枚重なったプリントのうちの一枚、そこには文化祭の日程が書かれている。二日間行われる文化祭は毎年十月末の土日で、今年は十月二十六日・二十七日だ。今日の日付が九月二十七日ということは文化祭まで残り一か月ということだ。
「えーっと……意見割れたな」
黒板には六つの出し物が書かれている。それぞれの下に書かれた正の字は、二つが多数決で同数だったことを示している。
「文化祭といえばカフェでしょ」
「カフェとかありきたりだろ。俺はお化け屋敷でみんなをビビらせたいわ」
「お化け屋敷こそありきたりだよ」
同数になったカフェとお化け屋敷、対立した二つの意見はどちら折れる気はないだろう。この二択で再び多数決を取るべきかと、首だけで後ろを振り向き黒板を見る。チョークを持ったまま黒板を見つめていた高見さんがこちらを見るのと同じタイミングだった。
「もう二つを掛け合わせちゃえば?」
「え?」
「お化け屋敷をテーマにしたカフェ、みたいな? 教室の雰囲気を暗くしたり、たまにお化けの格好で脅かしたり、いくらでもやりようはあるんじゃないかな」
二つの意見どちらとも採用できるのが一番良い。確かに、お化け屋敷をテーマにしたカフェならどちらの意見も取り入れられる。ただのお化け屋敷と比べると驚かせる機会が減ってしまうだろうが、食事中に驚かされるかもしれない空間はまた違う面白さがあるだろう。
「それなら怖い見た目の料理とかできるし楽しそう!」
一人が賛成の声を上げると、他も次々に同意していく。
「じゃあベースは俺らが考えてからみんなの意見加えていく感じでいいよな? 先に当日の役割決めるぞ」
やることが決まった話し合いは、その後スムーズなものだった。高見さんは困っているところでサッと答えをくれる。助けをくれる、そんな彼女に俺は恋したのだ。役割が決まったころに授業終了のチャイムが鳴った。
LHR後にすぐ始められた終礼が終わると、教室内にはばらばらな足音響く。のんびりと席に着いたままの人もいれば、急いで部活に向かう人もいる。友達と話しながら帰る人、一人で教室を出ていく人。そんないつも通りの放課後で、俺もいつも通りならば一人帰るだけだ。
いつもクラスで仲のいい奴らはみんな部活をしている。仲のいい奴らに限らず、クラスでほとんどが何かしらの部活に所属していて帰宅部は十人もいない。普段はのんびりと帰り支度をして一人帰宅するところだが、今日は急いで荷物をリュックに詰め込む。その勢いのまま昇降口まで行けば、探していた後ろ姿がそこにはある。
「高見さん!」
突然背後から名前を呼ばれた彼女は、肩をビクッと小さく震わした。帰宅部である彼女は、学校が終わるとすぐに教室からいなくなる。今日は教室を出るのがいつも以上に早かったようだ。ゆっくり振り返った彼女の表情から何を思っているのかは読み取れないが、あまり話さないクラスメイトに呼び止められて驚いているだろう。
「何か用だった?」
「連絡先、クラスのグループから追加してもいい? 文化祭のこととか話したいしさ」
へらりと笑って伝えると彼女は訝しげに眉をひそめる。文化祭なんてただの口実に過ぎない。クラスのグループに入っているだけで個人では繋がっていないメッセージアプリ、それをこの機会に繋がりたいという下心が九割だ。
片思いのまま何もできていない現状を変えたい。文化祭実行委員で一緒になったのだから、このチャンスを逃すと一生進展などしないと俺の勘が言っている。一瞬悩むような顔をした彼女に「週明けに提出のプリントだってあったじゃん?」と付け加える。
「それくらい私一人でも大丈夫だけど……」
「二人で実行委員なんだからさ! 追加しておくな。てか、高見さん電車通学だったよね? 駅まで一緒に帰ろうよ」
彼女の隣に並び下駄箱から靴を取り出しながら勢いのままに言葉を紡ぐ。靴に履き替えて待つ俺を見た彼女は、諦めたようにため息を吐いて靴を取り出す。
せっかく同じクラスになったというのに何もできなかった半年。それを取り戻すように押して押して押しまくるのだと心に決め、彼女が靴を履くのを待った。
高校から駅までは歩いて十五分ほどかかる。はじめはぎこちなかった二人の会話はすぐに自然なものになっていた。学校ではしっかりした印象が強い彼女は、もしかすると天然な部分があるのかもしれない。そんな一面を知ってさらに好意が深まるのを感じる。
「やっぱり、好きだな……」
駅が見えてきたころ、そんな言葉が口をついて出てしまった。自分で言った瞬間にハッとして、思わず口元を押さえる。彼女の乗る電車は俺とは反対方向だと聞いた。あと少しで別れだということが惜しくて、つい無意識で言葉にしてしまった。
「えっと、そうじゃなくて」
「なに? どうかしたの?」
立ち止まり、言ってしまった言葉を誤魔化そうとする俺を見て、彼女は不思議そうに首を傾げる。
聞こえてなかった……?
自分でははっきりと口にしてしまったつもりの言葉は、隣の彼女には届いていなかったらしい。駅付近であるここは人通りも多く色々な音で溢れているのだから、それにかき消されたのかもしれない。「何でもないよ」と再び足を進めると、あっという間に駅に着く。
「じゃあ、私はこっちだから」
改札を抜ければそこでお別れだ。反対側のホームへ向かう彼女の足取りはあっけないほど軽やかで、こちらを気にする様子などを一切ない。それがなんだか悔しくて、その背中に向かって声を張る。
「高見さん、また来週!」
彼女は一瞬だけ足を止めてゆるく振り返る。口元に浮かんだ笑顔は、どこか儚げで、複雑な感情が混じっているようだった。人が彼女の横を通り過ぎるたびに、さらさらのボブがわずかに揺れる。それが彼女の表情を一瞬隠したかと思うと、彼女は何も言わずにそのままホームの奥へと消えていった。初めて見た彼女の表情への違和感を残し、俺もホームへ歩いていった。
「……や、和泉誠弥!」
頭に何かがぶつかる衝撃で目を覚ますと、目の前には呆れた顔でこちらを見下ろす担任の姿があった。彼の手には丸められたファイルがあり、自分はこれで頭を叩かれたのだと察する。ぼんやりとしていた意識が徐々に覚醒すると、ここは教室でLHRの最中であったことを思い出す。
「あ、先生。おはようございます」
「おはようじゃないだろ。お前寝るだけならまだしも、唸り声が前まで聞こえてたぞ」
俺の席は窓際の一番後ろだ。教卓まで聞こえていたということは、教室中に聞こえていたということだろう。クラスメイトがこちらを見るのに気遣わしげな目が混じっていることにも納得がいく。
「いやー、食べ過ぎる夢を見ちゃってました」
「お前な……まあ、いい。文化祭の実行委員、男子は和泉に決まったから」
「えっ!? なんでですか」
「堂々と寝てるからだよ。部活もしてないし暇だろ」
異論は認めないというように言い放つと、先生は教卓の方へ戻っていった。その背中を目で追うと、教卓前の席に座る高見葉月と目が合った。それもすぐに逸らされてしまい、俺は背中を見つめることになる。
かっこ悪いところを見せてしまったな……
あえてひょうきんに振る舞っているのだからかっこ悪いだなんて今更だろうか。高校に入学してから一年半、ずっとこの調子なのだからかっこいい姿なんて見せたことはないのかもしれない。
「男も決まったことだし、続きは実行委員が仕切ってくれ。詳細はここに載ってるから」
先生は教卓にファイルを置くと、窓際で広げたパイプ椅子に足を組んで座った。各クラスで男女一名ずつ決める文化祭の実行委員、そのうちの男子は拒否権なく決まってしまった。俺が寝ている間に決まったであろう女子は誰なのだろうと思いながら席を立つと、数秒遅れて席を立つクラスメイトが視界に入ってきた。
あ、高見さん……
先に教壇へ上がった彼女は、ファイルに挟まれたプリントに目を通して俺が来るのを待っている。歩みを速めて教壇に向かい彼女の横に並ぶ。
「とりあえず、クラスで何をするか決めるか」
「そうだね。私板書するから和泉くんみんなに意見聞いてもらえる?」
「おっけー」
うるさい鼓動に気づかないふりをして平然と答える。高校二年生となり同じクラスになってから半年、まともに話した回数は片手で数えられる程度の彼女に片思いをしているなんて、きっとこのクラスの誰にもばれていない。しっかり者でみんなに頼られる彼女とふざけてばかりの俺とでは、どこか住む世界が違うとまで感じてしまうだろう。
「みんな静かにー。文化祭でしたいこと挙げて。周りと話し合ってもいいから」
クラスメイトが話し合う間にプリントに目をやる。二枚重なったプリントのうちの一枚、そこには文化祭の日程が書かれている。二日間行われる文化祭は毎年十月末の土日で、今年は十月二十六日・二十七日だ。今日の日付が九月二十七日ということは文化祭まで残り一か月ということだ。
「えーっと……意見割れたな」
黒板には六つの出し物が書かれている。それぞれの下に書かれた正の字は、二つが多数決で同数だったことを示している。
「文化祭といえばカフェでしょ」
「カフェとかありきたりだろ。俺はお化け屋敷でみんなをビビらせたいわ」
「お化け屋敷こそありきたりだよ」
同数になったカフェとお化け屋敷、対立した二つの意見はどちら折れる気はないだろう。この二択で再び多数決を取るべきかと、首だけで後ろを振り向き黒板を見る。チョークを持ったまま黒板を見つめていた高見さんがこちらを見るのと同じタイミングだった。
「もう二つを掛け合わせちゃえば?」
「え?」
「お化け屋敷をテーマにしたカフェ、みたいな? 教室の雰囲気を暗くしたり、たまにお化けの格好で脅かしたり、いくらでもやりようはあるんじゃないかな」
二つの意見どちらとも採用できるのが一番良い。確かに、お化け屋敷をテーマにしたカフェならどちらの意見も取り入れられる。ただのお化け屋敷と比べると驚かせる機会が減ってしまうだろうが、食事中に驚かされるかもしれない空間はまた違う面白さがあるだろう。
「それなら怖い見た目の料理とかできるし楽しそう!」
一人が賛成の声を上げると、他も次々に同意していく。
「じゃあベースは俺らが考えてからみんなの意見加えていく感じでいいよな? 先に当日の役割決めるぞ」
やることが決まった話し合いは、その後スムーズなものだった。高見さんは困っているところでサッと答えをくれる。助けをくれる、そんな彼女に俺は恋したのだ。役割が決まったころに授業終了のチャイムが鳴った。
LHR後にすぐ始められた終礼が終わると、教室内にはばらばらな足音響く。のんびりと席に着いたままの人もいれば、急いで部活に向かう人もいる。友達と話しながら帰る人、一人で教室を出ていく人。そんないつも通りの放課後で、俺もいつも通りならば一人帰るだけだ。
いつもクラスで仲のいい奴らはみんな部活をしている。仲のいい奴らに限らず、クラスでほとんどが何かしらの部活に所属していて帰宅部は十人もいない。普段はのんびりと帰り支度をして一人帰宅するところだが、今日は急いで荷物をリュックに詰め込む。その勢いのまま昇降口まで行けば、探していた後ろ姿がそこにはある。
「高見さん!」
突然背後から名前を呼ばれた彼女は、肩をビクッと小さく震わした。帰宅部である彼女は、学校が終わるとすぐに教室からいなくなる。今日は教室を出るのがいつも以上に早かったようだ。ゆっくり振り返った彼女の表情から何を思っているのかは読み取れないが、あまり話さないクラスメイトに呼び止められて驚いているだろう。
「何か用だった?」
「連絡先、クラスのグループから追加してもいい? 文化祭のこととか話したいしさ」
へらりと笑って伝えると彼女は訝しげに眉をひそめる。文化祭なんてただの口実に過ぎない。クラスのグループに入っているだけで個人では繋がっていないメッセージアプリ、それをこの機会に繋がりたいという下心が九割だ。
片思いのまま何もできていない現状を変えたい。文化祭実行委員で一緒になったのだから、このチャンスを逃すと一生進展などしないと俺の勘が言っている。一瞬悩むような顔をした彼女に「週明けに提出のプリントだってあったじゃん?」と付け加える。
「それくらい私一人でも大丈夫だけど……」
「二人で実行委員なんだからさ! 追加しておくな。てか、高見さん電車通学だったよね? 駅まで一緒に帰ろうよ」
彼女の隣に並び下駄箱から靴を取り出しながら勢いのままに言葉を紡ぐ。靴に履き替えて待つ俺を見た彼女は、諦めたようにため息を吐いて靴を取り出す。
せっかく同じクラスになったというのに何もできなかった半年。それを取り戻すように押して押して押しまくるのだと心に決め、彼女が靴を履くのを待った。
高校から駅までは歩いて十五分ほどかかる。はじめはぎこちなかった二人の会話はすぐに自然なものになっていた。学校ではしっかりした印象が強い彼女は、もしかすると天然な部分があるのかもしれない。そんな一面を知ってさらに好意が深まるのを感じる。
「やっぱり、好きだな……」
駅が見えてきたころ、そんな言葉が口をついて出てしまった。自分で言った瞬間にハッとして、思わず口元を押さえる。彼女の乗る電車は俺とは反対方向だと聞いた。あと少しで別れだということが惜しくて、つい無意識で言葉にしてしまった。
「えっと、そうじゃなくて」
「なに? どうかしたの?」
立ち止まり、言ってしまった言葉を誤魔化そうとする俺を見て、彼女は不思議そうに首を傾げる。
聞こえてなかった……?
自分でははっきりと口にしてしまったつもりの言葉は、隣の彼女には届いていなかったらしい。駅付近であるここは人通りも多く色々な音で溢れているのだから、それにかき消されたのかもしれない。「何でもないよ」と再び足を進めると、あっという間に駅に着く。
「じゃあ、私はこっちだから」
改札を抜ければそこでお別れだ。反対側のホームへ向かう彼女の足取りはあっけないほど軽やかで、こちらを気にする様子などを一切ない。それがなんだか悔しくて、その背中に向かって声を張る。
「高見さん、また来週!」
彼女は一瞬だけ足を止めてゆるく振り返る。口元に浮かんだ笑顔は、どこか儚げで、複雑な感情が混じっているようだった。人が彼女の横を通り過ぎるたびに、さらさらのボブがわずかに揺れる。それが彼女の表情を一瞬隠したかと思うと、彼女は何も言わずにそのままホームの奥へと消えていった。初めて見た彼女の表情への違和感を残し、俺もホームへ歩いていった。