ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~

《2》ふたりでの残業

 月曜、沓澤代理は至って普通に職場へ現れた。
 金曜に書類を届けた後、週末の休日中に治ったらしい。

 まだ声が掠れている気はしたものの、咳やくしゃみといった症状もなく普段通りだ。
 月曜、火曜と順調に定時に声をかけられては退社し、帰路に就く。そっけない、挨拶と呼んでいいのかも分からない『じゃ』という別れ際の声はいつもと同じだ。ほっとしてしまう。

 そして、水曜。
 他部署の事務スタッフのミスが我が課にも及び、残業になった。よりによって退勤間際に発覚したそれの処理に追われる私を、沓澤代理と他ふたりのスタッフが手分けして手伝ってくれた。
 時刻はすでに午後八時を回っている。手伝ってくれていたふたりが先に帰宅して、今、フロアには私と沓澤代理だけが残っていた。

「これで最後ですか?」
「はい。リスト、メールに添付して今送ります」
「よろしくお願いします」

 今は仕事中だから、彼の口調は崩れない。徹底されている。
 カタカタ、カタカタ。デスクを挟んで向かい合いながら、聞こえる音はそれぞれがパソコンのキーボードを叩く乾いた音だけだ。画面から微かに目を逸らした先に、沓澤代理の整った顔が覗き、私は不意打ちを食らった気分になる。
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