ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~

《3》火に油の擁護策

「いや~、私も噂は聞いてるよ。那須野さん、本当に災難だねぇ」

 社長室のソファは、外観の年季の入り方からは考えられないくらいにやわらかい。
 けれど今の私には、そのやわらかさを心地好いと感じていられる余裕なんて、これっぽっちも残っていなかった。

 顔全体に貼りつけた笑みがぴしりとひび割れた気がして、思わず指で頬をなぞる。
 当然ひびが入っているわけはなく、けれどそこに触れた指を引き剥がすことはできそうになかった。

 社内メールで呼び出しを受け、私とともに社長室へ呼び出された諸悪の根源・沓澤代理は、隣に悠然と腰かけたきりで怯みもしていない。
 挙句の果てに、恐縮しきりの私へ「顔のパーツがひん曲がっていますよ」と失礼な発言まで繰り出してきた。遠慮も容赦もなくて嫌になる。

 金曜、午後。私たちは揃って社長室に呼び出されていた。
 一週間前にもここを訪れた。古くもない記憶のはずが、何年も前のことのように感じられ、私は溜息をついてしまいそうになる。よりによってこの面子の前でそれはまずいと思い直し、零れる寸前で、なんとか喉の奥に押し込めてしのいだ。
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