【第13回ネット小説大賞受賞・書籍化】王太子殿下、終了のお知らせです。
裁定の場にて
全員が揃い、裁定の場に通されると、先ず陛下の御前で深く礼を執る。陛下は黙したまま手を上げて五人を直らせた。
この場にはラシェル殿下の元側近三人に加えて、証人として召喚されたグラーシュ公女の側近パトリシアと、補佐として同じく公女の筆頭秘書官のマルコムが入室している。この五人の聞き取りは、国王陛下の秘書官であるトーネット伯爵が行うと宣言された。
「エリオット公爵家令息ルイ、フラン侯爵家子息ジルベール、ミラー伯爵家子息クレイグ、ベルジェ伯爵家令嬢パトリシア、デュボア伯爵家令甥マルコム、汝らはこの裁定の場で嘘偽りなく真実のみを語ると誓うか」
五人は声を揃えて答えた。
「 誓います 」
先ず、三人はグラーシュ公爵家所有の控室に許可なく侵入して部屋を荒らした事について、間違いはないかと確認された。
それに対して、ルイとジルベールは、部屋に入った事は認めたものの、グラーシュ公爵家の占有エリアだとは知らなかっただけで、故意ではないし部屋を荒らしたりはしていないと主張した。
故意かどうかは問うていない。侵入して部屋を荒らした事実には間違いがないかを問うていると質されると、王族エリアにある一室で、そこに用意されていた制服も家具や装飾品も、全て王家が用意したものだと思っていた。王家が用意した物ならラシェル殿下に権利があるのは当然で、部屋を荒らした事にはならない、ただの勘違いだったと言い放った。
非があると分かっているから言を左右にして明確には答えない。これでラシェル殿下を庇おうとしているつもりなのか。
なるほど、小手先の屁理屈で相手を言い負かしてきた人間の考えそうな事だ。
『ただの勘違い』
王族や高位貴族にとって無知は何よりも忌むべき罪だ。王族が無知を免罪符にし、それを側近たちが声高に言い募る。それは自分の主たる王太子が【未来の王の器ではない】と宣言しているのと同義だ。
流石にこれには聞き取り人のトーネット伯爵もあきれ顔で続けた。
「扉にも家具にも壁紙の透かし模様や制服のボタンにも、全てにグラーシュ公爵家の紋章が施されていたのに、汝らはそれに気付けない程の粗忽者だという事がよく分かった。悲しいかな、愚かさは罪には問えまい。仮に、王家が用意した物だったとしても、王家がグラーシュ公女に与えた部屋であり、同じく与えた制服や装飾品はグラーシュ公女の所有物だ。公女の許可なく使用する権利は誰にもない。百歩譲って部屋に入る事が許されるとすればそれは婚約者のラシェル殿下のみであり、汝らには権利が無い。部屋を物色し、私物を持ち去った事の言い訳にはならん」
その言葉を聞いて、それまでずっと押し黙っていたクレイグが膝を突き、謝罪を始めた。
クレイグは素直に公爵家の控室に無断で入った事も、そこにあったものを勝手に持ち出した行為は窃盗である事も全て認め、その行為をただ見ていただけで止めなかった事、そして皆のグラーシュ公女への行き過ぎた嫌がらせを諫める事が出来なかった自分の不徳を詫びた。
それを聞いたルイとジルベールは、ラシェル殿下に何ら落ち度はないのだと掴みかからんばかりの勢いでクレイグを裏切り者と罵った。しかしクレイグは首を横に振り、国王陛下にはこれまでの自分の不甲斐なさを謝罪し、トーネット伯爵には叶うならグラーシュ公女にも謝罪の機会を頂きたいと告げた。
一人だけ待機室へ戻される事となり、クレイグはパトリシアとマルコムに深々と頭を下げて退室していった。
クレイグの退室により、静まった裁定の間にルイの声が響いた。
「我々は、今日の件はグラーシュ公女の陰謀だと確信しています。グラーシュ公女は、そこにいるベルジェ伯爵令嬢を使い、私たちを部屋に誘い入れて部屋の物を持ち出すように仕向けた疑いがあるのです」
◇◇◇
グラーシュ公爵家の控室では、ほぼ同時に届く報告を聞いたカトリーヌが、箱からルイの人形を嫌そうに摘まみ出し、大げさな身振りでセリフを再現させている。あんなに嫌そうに摘んでいるのに、どうやって作ったのかしら。メルヴィルや侍女たちとくすくす笑いながら独り言ちた。
「強ち間違いではないけれど、慢心の目隠しがなければ落ちなかった穴よ」
静まった裁定の場に響いたルイの言葉に、トーネット伯爵は小さくため息を吐いてルイに尋ねた。
「この裁定の場でグラーシュ公女のお名前を出したからには、その主張が思い込みや勘違いだったなどという結論は許されませんよ。その場合、公の場でグラーシュ公女の名誉を棄損したと見做されますが、続けますか? 」
「はい、続けます」
ルイとジルベールは顔を見合わせて頷き合い、自信に満ちた顔で続けた。
「では、ベルジェ伯爵令嬢に伺います。ラシェル殿下と私たちが王族エリアに差し掛かった時、あなたはグラーシュ公女の控室から出てきて私たちに声を掛けましたね。そして、ミーガン嬢が制服を汚して困っているのを知った上で、扉を少し開けたままで対応した。それは、その扉からトルソーに掛かっている女生徒の制服を我々に故意に見せ、ラシェル殿下が紳士的な動機からミーガン嬢に着替えを提案することを誘導する行動と言わざるを得ません。我々は侵入したのではなく、グラーシュ公女が我々を断罪するために悪意を持ってベルジェ伯爵令嬢に誘導させた結果、部屋に入らざるを得なかったのです」
そう言い切ってルイとジルベールから視線を送られたトーネット伯爵は、軽くため息を吐きながらパトリシアに助けを求めるように問いかけた。
「だ、そうですが、如何でしょうか、ベルジェ伯爵令嬢パトリシア様」
今まで後ろに控えていたパトリシアが前へ進み出て、陛下の前で見事なカーテシーを披露して答えた。
「ベルジェ伯爵家パトリシアが答弁させて頂きます。お答えに当たり、補佐としてグラーシュ公女の筆頭秘書官、デュボア家マルコムからも発言させて頂きます事、お許しくださいませ」
その言葉に頷いたトーネット伯爵から、答弁を促された。
「先ず初めに、エリオット公爵令息様とフラン侯爵令息様の [仮説] を拝聴し、私もマルコムも、大変な驚愕を以て受け止めております事をお伝え致します。次に、私が控室に居りました経緯についてお話しいたします。
本日のランチルームでラシェル殿下とグラーシュ公女が昼食中、お二人の元へ、ヘイデン伯爵令嬢がお越しになり、不意にお持ちになっていた昼食をトレーごと手放すという出来事がありました。側近で護衛のマクガリー辺境伯家のメルヴィル様が対処したためトレーや食器がグラーシュ公女を傷つける事はございませんでしたが、食器の中身がグラーシュ公女を著しく汚してしまいました。その為、私はお召し替えの準備を伝えに急ぎ控室に参った次第です。午後の授業は、|ラシェル殿下と皆様に事前にお伝えしておりました通り《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、王妃様やアルザス国とモンテ国の大使もご臨席の大切な発表がございました。その前に何としてもグラーシュ公女の身嗜みを整えるべく我ら側近一同奔走していた最中の出来事であり、陰謀などと嫌疑を掛けられ、大変困惑しております」
パトリシアがそう答えると、ジルベールが威嚇するような大音声で発言した。
「己の姦計を誤魔化すために言葉を重ねても我らは騙されない! 部屋から出て来た時にも落ち着き払って我らに声を掛けて来たではないか! それに本来、ベルジェ伯爵家の貴方からラシェル殿下やエリオット公爵家のルイやフラン侯爵家の私に話しかけるのはマナー違反なのだ。ラシェル殿下は寛大にもその件については不問にしているが、このような陰謀が隠されていたと分かったからには容赦はしない! 」
ジルベールの剣幕に、トーネット伯爵から厳しく注意が飛んだ。
「フラン侯爵令息ジルベール殿、静粛に。ここは聞き取りの場である。立場の弱い者に対して恫喝するような行動や発言は許されないと心得よ」
パトリシアは毛筋ほども動揺を見せずに静かに答えた。
「私はラシェル殿下にもエリオット公爵令息にもフラン侯爵令息にも、声を掛けてはおりません」
その答えに、ジルベールがパトリシアに詰め寄り大声で怒鳴りつけた。
「嘘を吐くな!『お怪我はありませんか』と声を掛けて来たではないか!」
トーネット伯爵の目配せでジルベールが拘束され、口を塞がれている様子を顔色一つ変えずに見据えながらパトリシアがルイに語りかけた。
「私は、ヘイデン伯爵令嬢に声を掛けました『ミーガン様、お怪我はありませんか』と。同じ伯爵家でも家格は我がベルジェ家が上位ですのでフラン侯爵令息の仰るマナー違反には当たりません。問いに対してヘイデン伯爵令嬢は、大変遺憾ながら言葉通りに受け取られたようですが、そばにいらしたエリオット公爵令息はどのようにお聞きになりましたでしょうか」
格下の伯爵家の令嬢など、公爵家と侯爵家の令息である自分たちの言葉に逆らえないと思っていた。生意気な受け答えをしたら恫喝すれば良い。そこでグラーシュ公女の名を出せば自分が招き入れたと罪を被るはずだ。そうすればラシェル殿下もヘイデン家の兄妹も罪には問われない。この目の前の令嬢一人が全ての泥を被れば皆が救われるのだ。その上、側近の失態の責を問えば、グラーシュ公爵家に謝罪をさせることも出来る。そう勝利を確信してこの場に臨んだのだ。それが、どうしてこうなっている。
パトリシア嬢の問いには答えられない。どう答えても自身の威信に関わる。
動きを止めたルイの様子を見て、首を振りながらトーネット伯爵がパトリシアに尋ねた。
「ヘイデン伯爵令嬢はグラーシュ公女に危害を加えておきながら謝罪もしなかったという事ですかな?」
その言葉にルイが反応した。
「いつも少し制服に水が跳ねたくらいですぐに退席するから謝罪する暇がなく、後に残されて泣きながら謝罪を口にしていたのを我ら皆が聞いている。今日は足を挫いていてそれどころではなかったのだ」
トーネット伯爵はルイの言葉を無視し、パトリシアに目を向けて答えを促した。
「はい、トーネット伯爵様のご指摘通り、ヘイデン伯爵令嬢からは入学から三か月余り、ほとんど毎日トレーに載った昼食の何かしらを浴びせかけられておりますが、グラーシュ公女は一度として謝罪を受けてはおりません。そして本日、頭から浴びせかけられたのはビーフシチューでした。この事態に流石に謝罪があるだろうとグラーシュ公女はお待ちになっておりましたが、結局謝罪することなく、痛めたと自己申告された足を庇う様子もなく、ラシェル殿下と側近方と共にランチルームを後にされました」
周囲の目に非難の色が浮かんだことに気付いたルイが気色ばんで抗議した。
「毎日などと、たかが数日の事を大げさに言い募るとは。そんな心根だからラシェル殿下の心を掴めないのだ。グラーシュ公女は余程憐れんで欲しいと見える」
パトリシアはそう吐き捨てたルイの視線を捉え、そのまま誘導するように視線をマルコムに移した。マルコムは裁定の場に入った時から、懐中時計を片手に自身の分厚いノートに一心に何かを書き込んでいる。
「ああ、先程のグラーシュ公女に対する不敬なお言葉はもう記録に残ってしまいましたわね。でもご安心下さいませ。グラーシュ公女もとても寛大なお心をお持ちですから、きっとエリオット公爵令息のお言葉を不問になさいますわ」
そう言うと、パトリシアはマルコムに声を掛けた。
「入学以来ヘイデン伯爵令嬢がグラーシュ公女に粗相をしたのは何回ですか? 」
マルコムは驚く速さでページをめくり、確認すると答えた。
「今日で四十六回です。ラシェル殿下とグラーシュ公女が昼食を共にした日数と同じです。全ての日付と時間も必要ですか?」
そう問いかけられたトーネット伯爵は首を横に振った。それを見てパトリシアが廷吏に頷くと、トルソーにかけられた二着の制服が運ばれてきた。
白を基調にした制服は、片方はスカートの裾に点々と数か所シミが見受けられ、もう片方の紋章が彫り込まれた金のボタンの制服は、肩や胸、スカートまでブラウンに染まった酷い状態だった。二つの制服を前にパトリシアは続けた。
「扉の隙間から見えたという制服に話を戻します。前述の通りの事態のためにグラーシュ公女は毎日のように昼食後は着替えが必要になっておりますので、控室には必ず替えの制服が準備されています。扉の隙間から覗き見たというのはその制服の事だと推察します。
グラーシュ公女の控室に準備されている制服は当然、グラーシュ公女のための物であり、周知されているとおり、どの様な事情があろうとも紋章の入った物はボタン一つでさえグラーシュ公爵家から贈られる事はありません。
仮に、控室にあった制服が王家の用意した既製品であったとしても、二つの制服の状況をご覧になればどちらに着替えが必要だったかは明らかでしょう。
私は準備のために部屋を離れたわずかな間に、まさかラシェル殿下と皆様が控室に侵入しているなどとは夢にも思わず、戻ったのはグラーシュ公女が控室を追われた丁度その時でした。身嗜みを整えられなかったグラーシュ公女は、来賓の臨席が予定されている午後の授業を優先され、自身の汚れた状態での発表をお詫びする旨をお伝えするよう私たち側近に指示されたのです」
パトリシアはそう言うとルイとジルベールにぴたりと視線を向けて聞いた。
「今お話しした状況の中の何処に陰謀や誘導などがあったのでしょう」
ルイはなおも言い募った。
「控室だ、そもそも王族エリア外の部屋を王族の控室だと錯覚させる何か仕掛けがあったのだ。それこそが陰謀だ。それに、部屋の撤去が不自然に早すぎる。あの規模の撤去をするならグラーシュ公爵家と言えどもたった数時間で出来るはずがないのだ。事前に準備をしていたに違いない。それこそが我々を誘導して罪を着せてこの様に断罪することを画策した動かぬ証拠だ」
パトリシアはため息を吐いて説明した。
「王族の控室と錯覚したと仰いましたが、扉にはグラーシュ公爵家の紋章の彫刻が一面に大きく施されております。一体何をどう錯覚なさったのでしょうか。
それから控室の撤去の件ですが、侵入者があった場合、グラーシュ公女がその部屋に足を踏み入れる事は決してありません。過去には家具に暗器が仕込まれた事や、扉や壁を触っただけで意識を失う毒を施された事もあるのです。
扉や家具、壁や床や天井に至るまで、不審な人物の出入りした部屋は即座に悉く撤去する。それがグラーシュ公爵家の鉄則であり、知らせを受けた職人たちは即応を致します。以上の説明でご不審な点は払拭出来ましたでしょうか」
周囲から向けられる冷たい視線の中、ルイは唇を噛み締めて立ち尽くしていた。
◇◇◇
報告を受けた控室では、カトリーヌの人形劇が続いており、久しぶりに見る大掛かりなカトリーヌの人形劇に皆で大喝采を送っている。
先ほどまでいやいやながらも摘んでいたルイの人形とジルベールの人形はリボンで結ばれて吊るされており、それをめがけてミニパトリシアとミニマルコムが小さな愛らしい手でパンチを繰り出している姿が可愛らしくも頼もしい。
ここにいる侍女や侍従たちは皆、かつてアンジェリカの影武者だった。常に命を狙われる緊張の中、共に戦い生き抜いて来てくれた彼らの事を、アンジェリカは大切な家族だと思っている。アンジェリカを軽んじる事はここに居る皆を軽んじるのと同義なのだ。そんな不届きな輩には必ず相応の報いを受けさせる。
皆の背中を眺めながら、アンジェリカはそう心に誓った。
この場にはラシェル殿下の元側近三人に加えて、証人として召喚されたグラーシュ公女の側近パトリシアと、補佐として同じく公女の筆頭秘書官のマルコムが入室している。この五人の聞き取りは、国王陛下の秘書官であるトーネット伯爵が行うと宣言された。
「エリオット公爵家令息ルイ、フラン侯爵家子息ジルベール、ミラー伯爵家子息クレイグ、ベルジェ伯爵家令嬢パトリシア、デュボア伯爵家令甥マルコム、汝らはこの裁定の場で嘘偽りなく真実のみを語ると誓うか」
五人は声を揃えて答えた。
「 誓います 」
先ず、三人はグラーシュ公爵家所有の控室に許可なく侵入して部屋を荒らした事について、間違いはないかと確認された。
それに対して、ルイとジルベールは、部屋に入った事は認めたものの、グラーシュ公爵家の占有エリアだとは知らなかっただけで、故意ではないし部屋を荒らしたりはしていないと主張した。
故意かどうかは問うていない。侵入して部屋を荒らした事実には間違いがないかを問うていると質されると、王族エリアにある一室で、そこに用意されていた制服も家具や装飾品も、全て王家が用意したものだと思っていた。王家が用意した物ならラシェル殿下に権利があるのは当然で、部屋を荒らした事にはならない、ただの勘違いだったと言い放った。
非があると分かっているから言を左右にして明確には答えない。これでラシェル殿下を庇おうとしているつもりなのか。
なるほど、小手先の屁理屈で相手を言い負かしてきた人間の考えそうな事だ。
『ただの勘違い』
王族や高位貴族にとって無知は何よりも忌むべき罪だ。王族が無知を免罪符にし、それを側近たちが声高に言い募る。それは自分の主たる王太子が【未来の王の器ではない】と宣言しているのと同義だ。
流石にこれには聞き取り人のトーネット伯爵もあきれ顔で続けた。
「扉にも家具にも壁紙の透かし模様や制服のボタンにも、全てにグラーシュ公爵家の紋章が施されていたのに、汝らはそれに気付けない程の粗忽者だという事がよく分かった。悲しいかな、愚かさは罪には問えまい。仮に、王家が用意した物だったとしても、王家がグラーシュ公女に与えた部屋であり、同じく与えた制服や装飾品はグラーシュ公女の所有物だ。公女の許可なく使用する権利は誰にもない。百歩譲って部屋に入る事が許されるとすればそれは婚約者のラシェル殿下のみであり、汝らには権利が無い。部屋を物色し、私物を持ち去った事の言い訳にはならん」
その言葉を聞いて、それまでずっと押し黙っていたクレイグが膝を突き、謝罪を始めた。
クレイグは素直に公爵家の控室に無断で入った事も、そこにあったものを勝手に持ち出した行為は窃盗である事も全て認め、その行為をただ見ていただけで止めなかった事、そして皆のグラーシュ公女への行き過ぎた嫌がらせを諫める事が出来なかった自分の不徳を詫びた。
それを聞いたルイとジルベールは、ラシェル殿下に何ら落ち度はないのだと掴みかからんばかりの勢いでクレイグを裏切り者と罵った。しかしクレイグは首を横に振り、国王陛下にはこれまでの自分の不甲斐なさを謝罪し、トーネット伯爵には叶うならグラーシュ公女にも謝罪の機会を頂きたいと告げた。
一人だけ待機室へ戻される事となり、クレイグはパトリシアとマルコムに深々と頭を下げて退室していった。
クレイグの退室により、静まった裁定の間にルイの声が響いた。
「我々は、今日の件はグラーシュ公女の陰謀だと確信しています。グラーシュ公女は、そこにいるベルジェ伯爵令嬢を使い、私たちを部屋に誘い入れて部屋の物を持ち出すように仕向けた疑いがあるのです」
◇◇◇
グラーシュ公爵家の控室では、ほぼ同時に届く報告を聞いたカトリーヌが、箱からルイの人形を嫌そうに摘まみ出し、大げさな身振りでセリフを再現させている。あんなに嫌そうに摘んでいるのに、どうやって作ったのかしら。メルヴィルや侍女たちとくすくす笑いながら独り言ちた。
「強ち間違いではないけれど、慢心の目隠しがなければ落ちなかった穴よ」
静まった裁定の場に響いたルイの言葉に、トーネット伯爵は小さくため息を吐いてルイに尋ねた。
「この裁定の場でグラーシュ公女のお名前を出したからには、その主張が思い込みや勘違いだったなどという結論は許されませんよ。その場合、公の場でグラーシュ公女の名誉を棄損したと見做されますが、続けますか? 」
「はい、続けます」
ルイとジルベールは顔を見合わせて頷き合い、自信に満ちた顔で続けた。
「では、ベルジェ伯爵令嬢に伺います。ラシェル殿下と私たちが王族エリアに差し掛かった時、あなたはグラーシュ公女の控室から出てきて私たちに声を掛けましたね。そして、ミーガン嬢が制服を汚して困っているのを知った上で、扉を少し開けたままで対応した。それは、その扉からトルソーに掛かっている女生徒の制服を我々に故意に見せ、ラシェル殿下が紳士的な動機からミーガン嬢に着替えを提案することを誘導する行動と言わざるを得ません。我々は侵入したのではなく、グラーシュ公女が我々を断罪するために悪意を持ってベルジェ伯爵令嬢に誘導させた結果、部屋に入らざるを得なかったのです」
そう言い切ってルイとジルベールから視線を送られたトーネット伯爵は、軽くため息を吐きながらパトリシアに助けを求めるように問いかけた。
「だ、そうですが、如何でしょうか、ベルジェ伯爵令嬢パトリシア様」
今まで後ろに控えていたパトリシアが前へ進み出て、陛下の前で見事なカーテシーを披露して答えた。
「ベルジェ伯爵家パトリシアが答弁させて頂きます。お答えに当たり、補佐としてグラーシュ公女の筆頭秘書官、デュボア家マルコムからも発言させて頂きます事、お許しくださいませ」
その言葉に頷いたトーネット伯爵から、答弁を促された。
「先ず初めに、エリオット公爵令息様とフラン侯爵令息様の [仮説] を拝聴し、私もマルコムも、大変な驚愕を以て受け止めております事をお伝え致します。次に、私が控室に居りました経緯についてお話しいたします。
本日のランチルームでラシェル殿下とグラーシュ公女が昼食中、お二人の元へ、ヘイデン伯爵令嬢がお越しになり、不意にお持ちになっていた昼食をトレーごと手放すという出来事がありました。側近で護衛のマクガリー辺境伯家のメルヴィル様が対処したためトレーや食器がグラーシュ公女を傷つける事はございませんでしたが、食器の中身がグラーシュ公女を著しく汚してしまいました。その為、私はお召し替えの準備を伝えに急ぎ控室に参った次第です。午後の授業は、|ラシェル殿下と皆様に事前にお伝えしておりました通り《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、王妃様やアルザス国とモンテ国の大使もご臨席の大切な発表がございました。その前に何としてもグラーシュ公女の身嗜みを整えるべく我ら側近一同奔走していた最中の出来事であり、陰謀などと嫌疑を掛けられ、大変困惑しております」
パトリシアがそう答えると、ジルベールが威嚇するような大音声で発言した。
「己の姦計を誤魔化すために言葉を重ねても我らは騙されない! 部屋から出て来た時にも落ち着き払って我らに声を掛けて来たではないか! それに本来、ベルジェ伯爵家の貴方からラシェル殿下やエリオット公爵家のルイやフラン侯爵家の私に話しかけるのはマナー違反なのだ。ラシェル殿下は寛大にもその件については不問にしているが、このような陰謀が隠されていたと分かったからには容赦はしない! 」
ジルベールの剣幕に、トーネット伯爵から厳しく注意が飛んだ。
「フラン侯爵令息ジルベール殿、静粛に。ここは聞き取りの場である。立場の弱い者に対して恫喝するような行動や発言は許されないと心得よ」
パトリシアは毛筋ほども動揺を見せずに静かに答えた。
「私はラシェル殿下にもエリオット公爵令息にもフラン侯爵令息にも、声を掛けてはおりません」
その答えに、ジルベールがパトリシアに詰め寄り大声で怒鳴りつけた。
「嘘を吐くな!『お怪我はありませんか』と声を掛けて来たではないか!」
トーネット伯爵の目配せでジルベールが拘束され、口を塞がれている様子を顔色一つ変えずに見据えながらパトリシアがルイに語りかけた。
「私は、ヘイデン伯爵令嬢に声を掛けました『ミーガン様、お怪我はありませんか』と。同じ伯爵家でも家格は我がベルジェ家が上位ですのでフラン侯爵令息の仰るマナー違反には当たりません。問いに対してヘイデン伯爵令嬢は、大変遺憾ながら言葉通りに受け取られたようですが、そばにいらしたエリオット公爵令息はどのようにお聞きになりましたでしょうか」
格下の伯爵家の令嬢など、公爵家と侯爵家の令息である自分たちの言葉に逆らえないと思っていた。生意気な受け答えをしたら恫喝すれば良い。そこでグラーシュ公女の名を出せば自分が招き入れたと罪を被るはずだ。そうすればラシェル殿下もヘイデン家の兄妹も罪には問われない。この目の前の令嬢一人が全ての泥を被れば皆が救われるのだ。その上、側近の失態の責を問えば、グラーシュ公爵家に謝罪をさせることも出来る。そう勝利を確信してこの場に臨んだのだ。それが、どうしてこうなっている。
パトリシア嬢の問いには答えられない。どう答えても自身の威信に関わる。
動きを止めたルイの様子を見て、首を振りながらトーネット伯爵がパトリシアに尋ねた。
「ヘイデン伯爵令嬢はグラーシュ公女に危害を加えておきながら謝罪もしなかったという事ですかな?」
その言葉にルイが反応した。
「いつも少し制服に水が跳ねたくらいですぐに退席するから謝罪する暇がなく、後に残されて泣きながら謝罪を口にしていたのを我ら皆が聞いている。今日は足を挫いていてそれどころではなかったのだ」
トーネット伯爵はルイの言葉を無視し、パトリシアに目を向けて答えを促した。
「はい、トーネット伯爵様のご指摘通り、ヘイデン伯爵令嬢からは入学から三か月余り、ほとんど毎日トレーに載った昼食の何かしらを浴びせかけられておりますが、グラーシュ公女は一度として謝罪を受けてはおりません。そして本日、頭から浴びせかけられたのはビーフシチューでした。この事態に流石に謝罪があるだろうとグラーシュ公女はお待ちになっておりましたが、結局謝罪することなく、痛めたと自己申告された足を庇う様子もなく、ラシェル殿下と側近方と共にランチルームを後にされました」
周囲の目に非難の色が浮かんだことに気付いたルイが気色ばんで抗議した。
「毎日などと、たかが数日の事を大げさに言い募るとは。そんな心根だからラシェル殿下の心を掴めないのだ。グラーシュ公女は余程憐れんで欲しいと見える」
パトリシアはそう吐き捨てたルイの視線を捉え、そのまま誘導するように視線をマルコムに移した。マルコムは裁定の場に入った時から、懐中時計を片手に自身の分厚いノートに一心に何かを書き込んでいる。
「ああ、先程のグラーシュ公女に対する不敬なお言葉はもう記録に残ってしまいましたわね。でもご安心下さいませ。グラーシュ公女もとても寛大なお心をお持ちですから、きっとエリオット公爵令息のお言葉を不問になさいますわ」
そう言うと、パトリシアはマルコムに声を掛けた。
「入学以来ヘイデン伯爵令嬢がグラーシュ公女に粗相をしたのは何回ですか? 」
マルコムは驚く速さでページをめくり、確認すると答えた。
「今日で四十六回です。ラシェル殿下とグラーシュ公女が昼食を共にした日数と同じです。全ての日付と時間も必要ですか?」
そう問いかけられたトーネット伯爵は首を横に振った。それを見てパトリシアが廷吏に頷くと、トルソーにかけられた二着の制服が運ばれてきた。
白を基調にした制服は、片方はスカートの裾に点々と数か所シミが見受けられ、もう片方の紋章が彫り込まれた金のボタンの制服は、肩や胸、スカートまでブラウンに染まった酷い状態だった。二つの制服を前にパトリシアは続けた。
「扉の隙間から見えたという制服に話を戻します。前述の通りの事態のためにグラーシュ公女は毎日のように昼食後は着替えが必要になっておりますので、控室には必ず替えの制服が準備されています。扉の隙間から覗き見たというのはその制服の事だと推察します。
グラーシュ公女の控室に準備されている制服は当然、グラーシュ公女のための物であり、周知されているとおり、どの様な事情があろうとも紋章の入った物はボタン一つでさえグラーシュ公爵家から贈られる事はありません。
仮に、控室にあった制服が王家の用意した既製品であったとしても、二つの制服の状況をご覧になればどちらに着替えが必要だったかは明らかでしょう。
私は準備のために部屋を離れたわずかな間に、まさかラシェル殿下と皆様が控室に侵入しているなどとは夢にも思わず、戻ったのはグラーシュ公女が控室を追われた丁度その時でした。身嗜みを整えられなかったグラーシュ公女は、来賓の臨席が予定されている午後の授業を優先され、自身の汚れた状態での発表をお詫びする旨をお伝えするよう私たち側近に指示されたのです」
パトリシアはそう言うとルイとジルベールにぴたりと視線を向けて聞いた。
「今お話しした状況の中の何処に陰謀や誘導などがあったのでしょう」
ルイはなおも言い募った。
「控室だ、そもそも王族エリア外の部屋を王族の控室だと錯覚させる何か仕掛けがあったのだ。それこそが陰謀だ。それに、部屋の撤去が不自然に早すぎる。あの規模の撤去をするならグラーシュ公爵家と言えどもたった数時間で出来るはずがないのだ。事前に準備をしていたに違いない。それこそが我々を誘導して罪を着せてこの様に断罪することを画策した動かぬ証拠だ」
パトリシアはため息を吐いて説明した。
「王族の控室と錯覚したと仰いましたが、扉にはグラーシュ公爵家の紋章の彫刻が一面に大きく施されております。一体何をどう錯覚なさったのでしょうか。
それから控室の撤去の件ですが、侵入者があった場合、グラーシュ公女がその部屋に足を踏み入れる事は決してありません。過去には家具に暗器が仕込まれた事や、扉や壁を触っただけで意識を失う毒を施された事もあるのです。
扉や家具、壁や床や天井に至るまで、不審な人物の出入りした部屋は即座に悉く撤去する。それがグラーシュ公爵家の鉄則であり、知らせを受けた職人たちは即応を致します。以上の説明でご不審な点は払拭出来ましたでしょうか」
周囲から向けられる冷たい視線の中、ルイは唇を噛み締めて立ち尽くしていた。
◇◇◇
報告を受けた控室では、カトリーヌの人形劇が続いており、久しぶりに見る大掛かりなカトリーヌの人形劇に皆で大喝采を送っている。
先ほどまでいやいやながらも摘んでいたルイの人形とジルベールの人形はリボンで結ばれて吊るされており、それをめがけてミニパトリシアとミニマルコムが小さな愛らしい手でパンチを繰り出している姿が可愛らしくも頼もしい。
ここにいる侍女や侍従たちは皆、かつてアンジェリカの影武者だった。常に命を狙われる緊張の中、共に戦い生き抜いて来てくれた彼らの事を、アンジェリカは大切な家族だと思っている。アンジェリカを軽んじる事はここに居る皆を軽んじるのと同義なのだ。そんな不届きな輩には必ず相応の報いを受けさせる。
皆の背中を眺めながら、アンジェリカはそう心に誓った。