【第13回ネット小説大賞受賞・書籍化】王太子殿下、終了のお知らせです。

物思い

裁定の場での聴取が始まって数時間、休憩の時間を挟むこととなり、夕食代わりの軽食を摂って呼び出しを待っていた。
この後、ラシェル殿下と私の聴取が始まる。
ラシェル殿下は裁定の場に隣接する待機室でずっと傍聴しており、私も控室で詳細な報告を受けていたので、今回の件の状況確認は十分だから確認程度になるだろう。

 ラシェル殿下と不愉快な仲間たちの処罰については、お父様に委ねられていると聞いているから私はそれに従うのみだ。漏れ聞くところによると、王家が用意した幽閉先では納得しなかったお父様は、母様とお母様が置かれていた過酷な状況と同じ幽閉先の準備を進めているらしい。

学生の間のおイタ程度ならほんの軽い罰で済んだのだ。婚約破棄を望むこちらの思惑通りに動いてくれたという、ある意味 [ 駒] への恩情もあった。
しかし、増長した挙句に軽い気持ちで言った一言と、身勝手な理由での冤罪と証拠の捏造が加わったとなれば容赦はしない。相応の報いは受けさせる。

そして、彼らには保身のための謝罪の言葉は口にはさせない。それを封じる為に本心を焙り出すのは簡単な事だ。ただ彼らの前で私を褒めれば良い。
今まで侮っていた私の立場の方が上だと認めたくない彼らは、たとえ口先だけであっても謝罪の言葉など決して口に出来はしないし、傲慢な浅はかさと悪辣な本性を露呈することになる。そしてそれを周囲に強く印象付けるのだ。
今彼らが思っているであろう [ どうしてこんなことに ] に、衆目の中で貶められたと感じた彼らの心に [ あの女のせいで ] が加われば自身の置かれた状況を受け入れ難く苦しみは倍増する。それが私からの彼らへの罰だ。

憎しみに囚われたままであれば人は道を見失う。 罰を受け解放された後、罪と向き合い贖罪の道を選ぶのか、それとも罪から目を背けて破滅に向かうのか。それは彼ら次第だ。

ただ、反省の態度を見せたクレイグの面会の要請は受けようと思っている。
謝罪を受けるかどうかはそれからだ。

婚約発表後間もなく、学園でラシェル殿下と側近たちが私を完全に無視している事実が報告された時、グラーシュ公爵家は、この状態が続く様であれば契約通り婚姻は形だけとの意向を示していた。
その後エスカレートしていく彼らの行動に加え、ミーガンが入学してからの、グラーシュ公爵家にとっては許し難い言動の数々が報告された事により、アンジェリカとラシェルとの婚約破棄に加えて側近たちの処分も決まったのだ。

その時の、自身の子どもを諦めなければならないと知った両陛下と側近たちの父母の悲しみ、絶望、哀れみ、それらが綯交ぜになった表情が忘れられない。
そして社交界に広まった [ アルテーヌの相続人を蔑ろにする愚かな王太子と側近たち ]という評価。
この一年、最も辛かったのは彼らの両親だろう。


先触れの知らせに、扉の前で待機する。
扉が開かれ、メルヴィルに恭しく手を取られてパトリシアとカトリーヌを従えた私の前に立っていたのは、エリオット公爵だった。
礼を執った私に笑顔を向け、差し出した腕に私を託したメルヴィルに向かって問うた。

「マクガリー辺境伯の…… 何と呼べばいいのかな? 」

その問いに顔を上げまっすぐにエリオット公爵を見つめて、彼は(・・)答えた。

「その暁には、[ユアン] と」

破顔したエリオット公爵に促され、私たちは裁定の場へ向かった。
エリオット公爵にエスコートされ、王宮の回廊をゆっくりと進む。

「ルイの事だが、アンジェリカ嬢が気にする事ではない。あれは、子供のころから才気煥発と誉めそやされて、ラシェル殿下の側近に選ばれた事で驕心のみを育ててしまった。育て方を間違ってしまったとしか言いようがない。アンジェリカ嬢には迷惑をかけてしまって申し訳なかった」

アンジェリカは軽く首を横に振って答えた。

「顔に出てしまっていたようでお恥ずかしいですわ。児戯程度の事でお気遣いさせてしまって恐縮です。ご子息様の件はこちらが矯正の機会を奪ったようなものですので、やはり心苦しく思っております」

エリオット公爵は表情を硬くして押し出すように続けた。

「いいや、陛下も私たちも、自分たちの子どもがアンジェリカ嬢を形だけの王妃として地下牢に幽閉すると言ったと聞いた時に全てを諦めたのだ。あのような考えを一度でも持った者に矯正など望むべくもない。ゾフィー王妃とマリー殿が幽閉先から助け出された時の様子を嘲笑っていたと聞いた時には我が子ながら背筋が凍る思いだった。それに、今回の事でラシェル殿下が何故あれを重用して傍に置いたのかがよく分かった。どんなことを仕出かしてもそれを正当化して相手を言い負かし、自尊心を満たしてくれる便利な道具だ。本人がそれに気付いていない事が情けない」

陛下を始めエリオット公爵たちの子を想う気持ちは、領地の大人たちが必死に私たちを守ろうとしてくれた姿を思い起こさせ、やはり居た堪れない。気を取り直すように、私はエリオット公爵を見上げて言った。

「それよりも、婚約者になれば王家が守るとお約束頂いた通り、王都に来て以来穏やかに過ごせている事には感謝しております。陛下にもそうお伝えください」

その言葉には苦笑いで返された。

「守るなどと、どれだけ慢心していたか嫌というほど思い知らされた。
アンジェリカ嬢が王宮に到着したその日、迎えのために居並ぶ侍女と侍従の数人にパトリシア嬢が声を掛けて別室に入ったと思ったら、部屋に居たメイドと三人で瞬時に拘束して帯びた暗器を全て取り出したときには度肝を抜かれた。
それに、マルコム殿からほんの些細だがバランデーヌの方言の癖があると知らされた情報で間者が特定された事は感謝しかない。特にラシェル殿下の教育係やその周辺は特別に厳選されていたにも関わらず、その秘書に紛れ込んでいるとは思いもよらなかった。その者はトーラントで生まれ育ってトーラント語しか話せないのに、まさか言葉で判明しようとは本人も驚いただろう」

私の後ろに従う五人を見やり、ふと気づいたように聞かれた。

「カール殿…… カトリーヌ嬢も…… 」

今夜は月明りもなく近づいてもわからないと思ったのだけれど。

「さすがエリオット閣下、お目が高いですわ。目に見えている物や耳に聞こえるものが全て真実とは限りません。人は [ 勘違い ] をする生き物ですから。自分のよく知る人物の姿が見えてその人物の声が聞こえれば、その人の言葉だと誰もが思い込む。どんな声や [ 音 ] でさえも再現できる人間がいるなど、普通は考えもしないでしょう」

そう言うアンジェリカに、エリオット公爵は少し焦った様に告げた。

「間者たちを留め置くようにと指示したのはこのためか。だが、間者たちが言う通りに動くとは限らないし、拘束されていると気づかれれば不信感を持たれる。たとえ腕利きの護衛が付いているとはいえ危険すぎる」

私は微笑みを返し、安心させるように腕に手を重ねて続けた。

「彼女は自ら張り巡らせた諜報の糸に厳重に守られています。彼女以外がその糸の上を歩けばたちどころに絡め捕られて身動きが出来なくなってしまうのです。それに、間者たちは拘束して以来、声と動きを封じる薬を使って定期的に雇い主の元へ報告に赴かせて実験を重ねていますからご安心を。お菓子作りの上手な子は、あらゆる素材を知り尽くし、思い通りに調合する知識と腕があるのですよ。
間者たちは自害を封じられて全てを自白させられた後に、自身の意思とは関係なく体を動かされて声を出せない自分に替わって自分の意思と全く違う報告をする自分の声を聞いている事しかできず、自ら雇い主を裏切り祖国を破滅に導いて行く様を見せ続けられるのです。彼らにとってこれ以上の罰は無いでしょう」

窓の外を見やり、故郷の空へ祈りを捧げる。

「今夜、間者たちの雇い主たちはラシェル王太子殿下の不始末で裁定の場が開かれている事で国王陛下始め重鎮たちは手いっぱいだと知らされています。このままラシェル殿下が廃太子になり、王位継承順位の高いエリオット公爵令息も失脚すれば、息の掛かった貴族や王宮内の間者たちを煽動して私を次の後継者に仕立て上げる事が出来る。そうすれば労せずしてトーラントを手中に出来ると囁かれ、その言葉を真に受けた者たちは、目の前にぶら下がった餌に満足して皆で特別な祝杯(・・・・・)を挙げていたそうですよ。今頃は幸福な夢の中でしょう」

思わずと言った風に足を止めたエリオット公爵に呆れたように見つめられた。

「無茶をしないようにとジュリアン殿に頼まれてお目付け役で残った私は面目丸潰れだな。黙って見ている事はしないとは思っていたが、あの慎重なユアン翁が王都は全て任せてあると言った理由が良く分かった」

アンジェエリカが後ろに従う皆を振り返ると、良い笑顔を返してくれた。

「ここにいる皆だけでなく領地に残っている皆の能力と尽力あってのことです。私たちは年端も行かぬ頃から苦しめられてきたのです。皆には本当に苦労を掛けましたもの。その苦労を知らずに侮る者を私は許せませんの。それが誰であろうとも、売られた喧嘩は倍値で買うと決めていますのよ」

クスリと笑ったエリオット公爵は手を差し出し、私が手を取ると再び裁定の場へ向かって歩き出した。

「陛下率いる我がトーラント軍は、同じく軍を率いたアルザス国とモンテ国の王と共に、先鋒のマクガリー辺境伯軍とグラーシュ公爵領軍の後方を固めている。この三十年、経済封鎖で疲弊しきったバランデーヌ軍に迎え撃つ力は無い。国民に向けてずっと人道支援を続けて来たゾフィー王妃を旗印に民衆も蜂起した。恐らく今夜半には第一報が届くだろう。さっさと茶番を終わらせて祝いの準備をしないとな」

アンジェリカの脳裏に、槌を持って悪い虫を追い掛け回して退治する人形の姿が浮かんだ。

今夜は新月だ。
何もかもを闇の中に隠してくれる。
闇夜に紛れる勇猛果敢な故郷の猛者が狙うはただ一人。
人ならざるバランデーヌの悪魔のみ。

 共に窓の外を見やっていたエリオット公爵が囁いた。

「まだ少し気の早い話だが、国王陛下は凱旋と共に退位を表明することになっている。先王時代にアルテーヌの相続人をバランデーヌに奪われて簒奪の危機を招いた事と、現王太子による次期アルテーヌの相続人を蔑ろにした事の度重なる失態の引責という形だ。陛下の出征前に摂政に任命されている私が、引き続きアルザス国とモンテ国とのバランデーヌ割譲の交渉に加えてその政務に当たる事になっている。陛下の譲位後、私は即位しないと決めているのだが、継承権の順位から次代の国王には我が娘が有力候補でな。そこで、一つ頼みがあるのだが…… 」

エリオット公爵は言い難そうに私を見やって続けた。

「娘はまだ十歳になったばかりなのだが、アンジェリカ嬢の元で鍛えてはもらえないだろうか。妻と、何より本人の強い希望なのだ」

薄桃色のふわふわのドレスに同じ生地のリボンでハーフアップの髪を纏めたお人形のように可愛らしい令嬢を思い出した。
以前、王妃様主催の庭園でのお茶会で、女の子たちに芋虫を投げつけてきたどこかの令息に一人立ち向かっていたのだ。虫が平気そうだったのでこっそりミミズを数匹渡してあげた。しっかり有効活用した彼女はたくさん叱られただろうに、最後まで私の名を出さなかったのだ。もちろん、後ほど公爵夫人と皆様にはしっかりお詫びをしたけれど。
儚げな見た目に反してなかなか気骨があるようだがまだ十歳だ。両親と離れての慣れない生活はきっと寂しく、時に辛いはず。

「子供の内は側に寄り添って、しっかり愛情を伝えて沢山褒めて育てるのがアルテーヌ流ですのよ。離れて暮らすのなら、ご両親ともに毎日お手紙を書いて頂く事がお預かりする条件です」

少し目を泳がせ、善処すると言った横顔を見て、この家族の中で育った彼が何故、という落胆はやはり拭えなかった。
エリオット公爵家の兄妹は共に根底の部分はよく似ている。正義感が強く機転が利き、相手に立ち向かう勇気は賞賛に値する資質だ。
しかし、立場と環境、そして向かう方向が違えばその人生は大きく変わる。その能力を、兄の様に人に阿るのではなく人々のために使う事が出来れば……。
裁定の場の扉の前に到着した時、エリオット公爵にこっそり聞かれた。

「ところで、例のヤギは健在かな? 」

アンジェリカは頬に手を当て、眉尻を下げて困った様に返事をした。
「ええ、とっても。でも、最近好き嫌いを申すようになりましたのよ。カトレア模様の紙は食べませんの」
そう言って扉の前にエスコートされて腕から手を放す瞬間、エリオット公爵家の紋章を施したカフスボタンをするりとなぞった。
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