【第13回ネット小説大賞受賞・書籍化】王太子殿下、終了のお知らせです。
未来へ
夜明け前に届いたバランデーヌ解放の一報は、人々の歓喜をもって受け入れられた。
王の非道な所行による非難のための経済封鎖にも関わらず、バランデーヌ王は各国からの取引や勧告にも一切耳を貸さず、民の疲弊を顧みることなく王座にしがみ付いていた。
伝え聞くバランデーヌ王の圧政に困窮を極める民のため、モンテ国とアルザス国とトーラント国の民たちは皆心を砕いて支援を続けていたのだ。
その人道支援のための物資でさえも搾取し、王族のみが贅沢な暮らしをして肥え太っていた王家がついに倒されたと報告を受けた各国は、バランデーヌの民のために喜びに沸いた。虐げられた国民は長年の苦境から漸く脱したのだ。
長かった三十年、他国がただ手を拱いて見ていた訳ではない。
ゾフィー王妃奪還の知らせを受けたモンテ国とアルザス国が、国間の同盟のための条件を偽ったバランデーヌ国に戦争を仕掛ける大義名分は十分であり、トーラント国と共に三か国で攻め入ればバランデーヌ国を下す事は容易だっただろう。
しかし、やはり戦争である以上、勝ったとしても自国の民の負担は避けられず、バランデーヌを割譲したとしても、戦地となった土地の荒廃と疲弊した民、バランデーヌの貴族たちの混乱を収めて復興するまでにはそれなりの時間が掛かる。そんな中、モンテ国王とアルザス国王が警戒したのは、羊の様に大人しく善良な前トーラント国王だった。
他国から俯瞰してみれば、ゾフィーが攫われた時もマクガリー辺境伯からの依頼で猛抗議はしたものの、各国の友好関係を優先して同盟を維持しており、ゾフィー王妃とマリー王女の幽閉に付いてはマクガリー辺境伯からの知らせを受けた時に調べる事は容易だったはずだ。しかし逆にマクガリー辺境伯家に相手の善性を説いて宥めてさえいたのだ。その結果、自身では動かずマクガリー辺境伯家とグラーシュ公爵家を動かしてゾフィー王妃を奪還させ、アルテーヌの庇護国としての権利も手に入れた。
その後も、バランデーヌに攻め入る一番の理由も手駒をも手にしながら、バランデーヌ王に欺かれた被害者を演じ続け、モンテ国とアルザス国へバランデーヌ王の悪辣さを訴えながらも自らは動こうとしなかった事で両国の意見は一致した。トーラント王は、か弱く善良な羊の皮の下で漁夫の利を狙う狐だと。
もしも、モンテ国とアルザス国がバランデーヌ国に攻め入り、三カ国間が紛争状態となれば、恐らくトーラント国はアルテーヌとゾフィー王妃の守護役を盾に紛争には加わらない。そうすれば、戦争中の両国へ物資の供給をすることで経済は潤い、支援という名の恩が売れる。決着した頃を見計らって疲弊した二国に手を差し伸べる事で圧倒的に優位に立つ事が出来るのだ。
羊の皮を被った狡猾な狐は、労せずして近隣三国を掌握しようとしていたのだ。
狡猾さは国を担う上で重要な要素ではあるが、前トーラント王はか弱い羊を演じすぎた。モンテ国とアルザス国から、これだけの仕打ちをされて嘆くだけの王ではこの国はおろかアルテーヌを守る事は負担が大きいのではと、そのか弱さを装った狡さを利用しようとしている事を察知した、王弟の前エリオット公爵の動きは素早かった。
速やかに今回の事態の引責という形での退位を迫り、当時の大臣たちや高位貴族家に根回しをして新国王への譲位を発表させたのだ。
素直すぎるきらいはあるが正義感溢れる王太子に、優秀で冷静な判断が出来ると評価していた自身の息子を宰相として補佐に付けると発表した事で、両国からの不信感を、完全にではないだろうが払拭する事は出来ただろう。
二国と協力体制を敷き、国民には支援を続けながら王家の崩壊を促し続け、その間、グラーシュ公爵家とマクガリー辺境伯家はゾフィー王妃と次期アルテーヌの相続人を守り抜く。
それは各国王の代替わり後も引き継がれている様に見えていた。
ただ一人、前エリオット公爵だけは二年前に息を引き取る直前に遺言を残した。
『あの王子から決して目を離すな、ルイも含めた側近たちもだ。うるさいと言われようとも注意を怠るな』
小言を止めた後の、王太子となったラシェル殿下とその側近たちの増長を目にする度に、父である前エリオット公爵の口癖を思い出した。
『血は争えん、悪い芽を見つけたらすぐに潰せ』
裁定に当たり、グラーシュ公女への伝言の返事は『否』だった。
渡されたメモには、子の事は自分たちに任せて欲しい旨の走り書きがあった。
血は争えない、ならばその体に流れる血の恐ろしさと、それを自覚しながら共存する術を知っている公女の手に委ねるのが最善かもしれない。
凱旋の準備は整った。
王都の城門が開かれ、町中が歓喜に沸いている。
門から広場に続く大通りは人々が溢れ、英雄たちの到着を今か今かと待ちわびている。
頼もしい次代へ未来を託しに行くとしよう。
アンジェリカは、凱旋パレードの出迎えのために廊下を出た所で、トーネット伯爵から封をしたカトレア模様の便せんを渡された。
口頭でも良いのですぐに返事を貰いたいと伝えられて封を切った。
『天使は神の御腕に託すや、否や』
即座に『否』と返事をし、パトリシアの差し出したカードに走り書きをして、トーネット伯爵に託した。
『天使はアルテーヌの地に舞い降りることでしょう』
本人たちに知らせる事なく天に帰してしまう事は出来たというのに、聞いてくれた事に感謝した。
子に罪はない。
この世に迎え入れる事を決めたからには、親たちの因果が報いる事の無い様に、幸せになれるように心を配らなければならない。凱旋パレードまではまだ少し時間がある。アンジェリカは急ぎクレイグの元へ向かった。
クレイグの置かれた部屋に通されると、彼は床にひれ伏していた。
「何のための行動かしら」
そう声を掛けると、クレイグは顔を上げて今までの私に対する言葉と態度、それらの行動が間違っていると分かってからもラシェル殿下と側近たちの行いを止める事をしなかった事を詫びた。
「謝罪はあなたの心を軽くするだけの物、それを聞くために私の時間を奪うものだという事、そして私には許しを与える義務はないという事は分かっている? 」
クレイグは再び頭を床に着けて続けた。
「もちろん許しを請う事は致しませんし、もとより許されるとは思っていません。ただ、謝罪をせずにはいられませんでした。機会を頂き恐悦至極です」
その言葉を聞いて心が決まった。
「分かりました。それでは一定期間の罰は免れないけれど、その後、貴方には貴方に贖罪の機会を与えましょう。アルテーヌの地に移り住み、ミーガン嬢が生む子を育てて貰いたいのです。出自を知らせる事なく平民の子として男手一つで育てて貰う事になるわ」
クレイグが目を見開いて質問してきた。
「……それはラシェル殿下の子という事でしょうか」
私は首を振って答えた。
「ラシェル殿下、エリオット小公爵、フラン小侯爵、この三人のうちの誰の子かはわからないわ」
それを聞いて呆然と私を見つめるクレイグに向かって続けた。
「罰は過酷なものになるでしょう。でもあなたの謝罪が本物で、贖罪を生きる理由に出来るならきっと耐えられる。あの五人の尻拭いを引き受けて償う覚悟はあるかしら」
アンジェリカの言葉に覚悟を決めた様子のクレイグは、再び床に頭を着けて答えた。
「謹んでお受けいたします」
「そう、では子を迎えに来る日を待っています。生まれて来る子に罪はないわ。貴方の今の後悔を繰り返さない様に、平民として幸せに生きて行けるように導いてあげて。約束よ」
立ち上がったクレイグが深々と頭を下げた。
「贖罪の機会を与えて下さり、グラーシュ公女の御慈悲に感謝いたします。ご希望に沿えるよう精一杯務める覚悟です」
その言葉を聞いて部屋を後にした。
さあ、ラシェル殿下と不愉快な仲間達の裁定を見届けに行きましょう。
それにしても、エリオット公女をお預かりする事はもう決定なのかしら。
そう呟いて、薄桃色のレースの縁取りが施されたカトレア模様の便せんを眺めてパトリシアと顔を見合わせた。
カトリーヌにエリオット公爵夫妻の人形を作ってもらわなくちゃ。
王の非道な所行による非難のための経済封鎖にも関わらず、バランデーヌ王は各国からの取引や勧告にも一切耳を貸さず、民の疲弊を顧みることなく王座にしがみ付いていた。
伝え聞くバランデーヌ王の圧政に困窮を極める民のため、モンテ国とアルザス国とトーラント国の民たちは皆心を砕いて支援を続けていたのだ。
その人道支援のための物資でさえも搾取し、王族のみが贅沢な暮らしをして肥え太っていた王家がついに倒されたと報告を受けた各国は、バランデーヌの民のために喜びに沸いた。虐げられた国民は長年の苦境から漸く脱したのだ。
長かった三十年、他国がただ手を拱いて見ていた訳ではない。
ゾフィー王妃奪還の知らせを受けたモンテ国とアルザス国が、国間の同盟のための条件を偽ったバランデーヌ国に戦争を仕掛ける大義名分は十分であり、トーラント国と共に三か国で攻め入ればバランデーヌ国を下す事は容易だっただろう。
しかし、やはり戦争である以上、勝ったとしても自国の民の負担は避けられず、バランデーヌを割譲したとしても、戦地となった土地の荒廃と疲弊した民、バランデーヌの貴族たちの混乱を収めて復興するまでにはそれなりの時間が掛かる。そんな中、モンテ国王とアルザス国王が警戒したのは、羊の様に大人しく善良な前トーラント国王だった。
他国から俯瞰してみれば、ゾフィーが攫われた時もマクガリー辺境伯からの依頼で猛抗議はしたものの、各国の友好関係を優先して同盟を維持しており、ゾフィー王妃とマリー王女の幽閉に付いてはマクガリー辺境伯からの知らせを受けた時に調べる事は容易だったはずだ。しかし逆にマクガリー辺境伯家に相手の善性を説いて宥めてさえいたのだ。その結果、自身では動かずマクガリー辺境伯家とグラーシュ公爵家を動かしてゾフィー王妃を奪還させ、アルテーヌの庇護国としての権利も手に入れた。
その後も、バランデーヌに攻め入る一番の理由も手駒をも手にしながら、バランデーヌ王に欺かれた被害者を演じ続け、モンテ国とアルザス国へバランデーヌ王の悪辣さを訴えながらも自らは動こうとしなかった事で両国の意見は一致した。トーラント王は、か弱く善良な羊の皮の下で漁夫の利を狙う狐だと。
もしも、モンテ国とアルザス国がバランデーヌ国に攻め入り、三カ国間が紛争状態となれば、恐らくトーラント国はアルテーヌとゾフィー王妃の守護役を盾に紛争には加わらない。そうすれば、戦争中の両国へ物資の供給をすることで経済は潤い、支援という名の恩が売れる。決着した頃を見計らって疲弊した二国に手を差し伸べる事で圧倒的に優位に立つ事が出来るのだ。
羊の皮を被った狡猾な狐は、労せずして近隣三国を掌握しようとしていたのだ。
狡猾さは国を担う上で重要な要素ではあるが、前トーラント王はか弱い羊を演じすぎた。モンテ国とアルザス国から、これだけの仕打ちをされて嘆くだけの王ではこの国はおろかアルテーヌを守る事は負担が大きいのではと、そのか弱さを装った狡さを利用しようとしている事を察知した、王弟の前エリオット公爵の動きは素早かった。
速やかに今回の事態の引責という形での退位を迫り、当時の大臣たちや高位貴族家に根回しをして新国王への譲位を発表させたのだ。
素直すぎるきらいはあるが正義感溢れる王太子に、優秀で冷静な判断が出来ると評価していた自身の息子を宰相として補佐に付けると発表した事で、両国からの不信感を、完全にではないだろうが払拭する事は出来ただろう。
二国と協力体制を敷き、国民には支援を続けながら王家の崩壊を促し続け、その間、グラーシュ公爵家とマクガリー辺境伯家はゾフィー王妃と次期アルテーヌの相続人を守り抜く。
それは各国王の代替わり後も引き継がれている様に見えていた。
ただ一人、前エリオット公爵だけは二年前に息を引き取る直前に遺言を残した。
『あの王子から決して目を離すな、ルイも含めた側近たちもだ。うるさいと言われようとも注意を怠るな』
小言を止めた後の、王太子となったラシェル殿下とその側近たちの増長を目にする度に、父である前エリオット公爵の口癖を思い出した。
『血は争えん、悪い芽を見つけたらすぐに潰せ』
裁定に当たり、グラーシュ公女への伝言の返事は『否』だった。
渡されたメモには、子の事は自分たちに任せて欲しい旨の走り書きがあった。
血は争えない、ならばその体に流れる血の恐ろしさと、それを自覚しながら共存する術を知っている公女の手に委ねるのが最善かもしれない。
凱旋の準備は整った。
王都の城門が開かれ、町中が歓喜に沸いている。
門から広場に続く大通りは人々が溢れ、英雄たちの到着を今か今かと待ちわびている。
頼もしい次代へ未来を託しに行くとしよう。
アンジェリカは、凱旋パレードの出迎えのために廊下を出た所で、トーネット伯爵から封をしたカトレア模様の便せんを渡された。
口頭でも良いのですぐに返事を貰いたいと伝えられて封を切った。
『天使は神の御腕に託すや、否や』
即座に『否』と返事をし、パトリシアの差し出したカードに走り書きをして、トーネット伯爵に託した。
『天使はアルテーヌの地に舞い降りることでしょう』
本人たちに知らせる事なく天に帰してしまう事は出来たというのに、聞いてくれた事に感謝した。
子に罪はない。
この世に迎え入れる事を決めたからには、親たちの因果が報いる事の無い様に、幸せになれるように心を配らなければならない。凱旋パレードまではまだ少し時間がある。アンジェリカは急ぎクレイグの元へ向かった。
クレイグの置かれた部屋に通されると、彼は床にひれ伏していた。
「何のための行動かしら」
そう声を掛けると、クレイグは顔を上げて今までの私に対する言葉と態度、それらの行動が間違っていると分かってからもラシェル殿下と側近たちの行いを止める事をしなかった事を詫びた。
「謝罪はあなたの心を軽くするだけの物、それを聞くために私の時間を奪うものだという事、そして私には許しを与える義務はないという事は分かっている? 」
クレイグは再び頭を床に着けて続けた。
「もちろん許しを請う事は致しませんし、もとより許されるとは思っていません。ただ、謝罪をせずにはいられませんでした。機会を頂き恐悦至極です」
その言葉を聞いて心が決まった。
「分かりました。それでは一定期間の罰は免れないけれど、その後、貴方には貴方に贖罪の機会を与えましょう。アルテーヌの地に移り住み、ミーガン嬢が生む子を育てて貰いたいのです。出自を知らせる事なく平民の子として男手一つで育てて貰う事になるわ」
クレイグが目を見開いて質問してきた。
「……それはラシェル殿下の子という事でしょうか」
私は首を振って答えた。
「ラシェル殿下、エリオット小公爵、フラン小侯爵、この三人のうちの誰の子かはわからないわ」
それを聞いて呆然と私を見つめるクレイグに向かって続けた。
「罰は過酷なものになるでしょう。でもあなたの謝罪が本物で、贖罪を生きる理由に出来るならきっと耐えられる。あの五人の尻拭いを引き受けて償う覚悟はあるかしら」
アンジェリカの言葉に覚悟を決めた様子のクレイグは、再び床に頭を着けて答えた。
「謹んでお受けいたします」
「そう、では子を迎えに来る日を待っています。生まれて来る子に罪はないわ。貴方の今の後悔を繰り返さない様に、平民として幸せに生きて行けるように導いてあげて。約束よ」
立ち上がったクレイグが深々と頭を下げた。
「贖罪の機会を与えて下さり、グラーシュ公女の御慈悲に感謝いたします。ご希望に沿えるよう精一杯務める覚悟です」
その言葉を聞いて部屋を後にした。
さあ、ラシェル殿下と不愉快な仲間達の裁定を見届けに行きましょう。
それにしても、エリオット公女をお預かりする事はもう決定なのかしら。
そう呟いて、薄桃色のレースの縁取りが施されたカトレア模様の便せんを眺めてパトリシアと顔を見合わせた。
カトリーヌにエリオット公爵夫妻の人形を作ってもらわなくちゃ。