【第13回ネット小説大賞受賞・書籍化】王太子殿下、終了のお知らせです。

幽閉へ

監視の騎士から五人の準備ができたと報告を受け、エリオット公爵が離宮の入り口にやってくると、新しい囚人服に着替えた五人が首と手に枷を着けられて腰に紐を巻かれて並んでいた。

五人の態度や顔つきはそれぞれだ。
クレイグは顔色が悪いながらもしっかり前を向いて立ち、ジルベールは思いつめた表情で地面をじっと見つめている。
全てを失った事を知ったジルベールは、ここへ来て漸く罰の意味を認識した様だ。

ルイはラシェルと自身の父親であるエリオット公爵を忙しなく見比べている。
ラシェルから、父親のエリオット公爵へ取り成せと言われているのがありありと窺える態度に、エリオット公爵は取りつく島など与えはしない。

ラシェルは苛々とルイを睨んだまま目を逸らさず、後ろ盾を失ったジルベールは用済みだとばかりに気に掛ける様子すら見せない。

サイラスはやっとあの状況から抜け出せたことにホッとした表情を浮かべている。全く他人事のようなその態度に、エリオット公爵も取り囲む騎士たちも違和感を覚えた。

そろそろ頃合いか。
エリオット公爵の合図で騎士が先導して出発した。
先頭の騎士が手にしたハンドベルを鳴らしながら張りのある声を上げる。

「罪人が通る、道を開けろ」

離宮を出て宮殿の表向きである文官が多く働いているエリアを抜け、文官用の食堂に面した中庭を通って馬車置場と厩舎を抜けると、貴族学園の駐馬車場へ続いている。
そこから学園のエントランスに入り中庭を通って、カフェテリアに面した庭園に入るのだ。
石畳になっている通路は彼らの履いている木靴と騎士の鳴らすハンドベルの高い音がよく響く。
一行は行く先々で、ひそひそと囁く人々の注目を集めていた。

囚人服を着た五人が学園の庭園に姿を現したと同時に、昼食を取る為に多くの学生たちで賑わっていた学園のカフェテリアはまるで時が止まったかのようにしんと静まり返った。
俯き加減ではあるものの前を向いて歩いているクレイグとジルベール、深く俯いたルイ、カフェテリアから完全に顔を背けて歩くラシェル、周囲の事など全く意に介さず歩くサイラスと、五人の態度は様々だ。
ハンドベルと騎士の声と木靴の音が響く中、生徒たちは庭園の小道を進む彼らの姿が見えなくなるまで、固唾を呑んで見守っていた。

ラシェルはぎりぎりと歯噛みをしながら、父親を説得すらできないルイのせいで晒されているこの屈辱に我慢ならず、前を歩くルイの足を蹴り続けていた。
その様子を見ていた騎士たちやエリオット公爵も、反省など微塵もしていない事がありありと分かる態度を呆れながら眺めていた。
グラーシュ公爵の荒療治も効かなかったようだ。
両親の事を聞かされた後も自分の事だけで精いっぱいの様だ。
ルイも相変わらずラシェルの顔色を窺っている。この状況でラシェルの言いなりになるなど意味のない事だと気づいていないのか、気づいていても振り切る事が出来ないのか。
間もなく嫌でも断ち切る事にはなるのだが、その時に気が付いてもきっともう遅いのだ。
エリオット公爵は、ふと漏れそうになった溜息を飲み込んだ。

庭園を進むと新しく作られた生垣に突き当り、一行はそこに隠れるように取り付けられた扉を潜って中に入った。
かつて王族エリアだったこの場所は、色々な意味で彼らの特別な場所だった。
そしてグラーシュ公爵の怒りを目の当たりにした場所でもある。

そこに足を踏み入れて彼らが目にしたのは、美しい石造りの建物に似合わぬ武骨な鉄格子が至る所に嵌め込まれ、衛士の詰め所と、部屋に続く廊下の入り口にも頑丈な鉄格子の扉が取り付けられた監獄だった。
その鉄格子の前に、新調したステッキを手に穏やかな笑みを浮かべるグラーシュ公爵が立っている。

「さあ、中を案内しよう」

衛士が開けた鉄格子を潜った先にある、かつてアンジェリカの控室だった場所にはごく普通の扉が取り付けられており、周囲の壁紙も新しく貼り替えられていた。
先に立って廊下に進むグラーシュ公爵の後ろで、ジルベールが呟いた。

「ああ、色が違ったのか…」

グラーシュ公爵は前を向いたまま歩を緩めず、口元に笑みを浮かべてちらりと流し目をくれてその呟きに応じた。

「ほう、気づいたか」

一行が潜った鉄格子の扉のある廊下の入り口は、以前は彫刻の施された枠が嵌め込まれており、扉がなくとも視覚的な空間分けがなされていた。
かつてアンジェリカの控室があったその先のエリアの壁の色には準王族の色である淡いブルーが使用されていたのだ。

「やはり私たちは嵌められたのだな」

そう呟いたルイの言葉に、グラーシュ公爵は歩を止めてルイの鼻先にステッキを突きつけて口を開いた。

「父親の前で罵倒するのは気が引けるが、ここまで馬鹿であれば仕方がない。王族の婚約者であれば準王族の色を使うのは当然の事。まさかそれが何を意味するかすら知らんのか?それでよく王太子の側近が務まっていたものだ。まあ、仕える主が阿呆であればそれも仕方がない事か。自分たちが勝手に思い込んだことを、その足りない頭で、人には到底理解し得ない理屈で正当化して、嵌められたなどと、周囲にどれ程滑稽に映っているか分かっているか?」

グラーシュ公爵はジルベールを振り返って言った。

「この阿呆どもに教えてやれ」

ジルベールはラシェルとルイにまっすぐに目を向けて諭すように話し始めた。

「グラーシュ公女の控室のあったエリアの廊下と控室の壁紙は淡いブルーで統一されていました。それは準王族の色であり、王族のもう一段濃いロイヤルブルーと同様に軽々しく立ち入る事が出来ないと認識させるための措置です。同時に、まだ正式な王族ではないため所有権や占有権はその貴族家に属しており、透かし模様などに家紋を施す事が慣例となっています。この色の差はたとえ王族であってもその財産を侵害してはならないという線引きでもあります」

全てを失い、自分の意思で考えて行動することを余儀なくされて、漸く自分の置かれた状況が正しく判断できるようになったらしい。

「その観察力と判断力をもっと早く発揮していればこんな事にはならなかった。父子共に惜しい事だ」

そう声を掛けられて項垂れた姿には、言われるがまま何も考えずに損得だけで行動していた事への深い後悔が窺えた。
『あなたは私の言う通りにしていれば良いの』
母のその言葉の呪縛から解かれるための代償は大きかった。

まだ言葉を探しているらしいルイの鼻先からステッキを下ろし、呆れたように言葉を掛けた。

「これ以上父上を失望させない方が良い」

そう言うと、ステッキを手に打ち付けながらラシェルに近づいた。
俯いて小刻みに震えるラシェルの顔を覗き込んで問いかけた。

「その震えは怯えているだけではなさそうだな。己を顧みる事なく全てを憎むお前に残っているのは、この檻の中で己の生み出した憎しみにもがき苦しむ生とその先の死のみ。実に哀れなものだ」

歯ぎしりをしながらも俯いたままのラシェルに背を向け、グラーシュ公爵の合図で廊下の突き当りの扉が開かれた。
かつての調度類も壁も床も取り払われた空間に、向かい合わせに六つの牢が並んでいる。
それぞれの牢に入れられて錠が下ろされた。
鏡台が置かれている空の牢を見て、サイラスとラシェルが声を上げた。

「妹は、ミーガンはどこですか。直接ここへ来ると聞いていたんだ」
「貴様ら、まさか危害を加えたんじゃないだろうな!」

格子を掴んで唾を飛ばすラシェルのその物言いに、収監のためにその場にいた騎士たちは呆れた表情を隠さない。
罪人として罰を受ける身であるミーガンが、もはや大切に保護される対象ではない事がまだ分かっていないようだ。
その問いには、今まで黙って彼らを見守っていたエリオット公爵が答えた。

「隣の部屋に収監されている」

それを聞いて、サイラスとラシェルは撤去されたグラーシュ公女の控室と、震え上がる程のグラーシュ公爵の怒りを思い出して言葉を失い引き下がった。
ラシェルは不貞腐れた様子で自身の牢に置かれていたカウチソファーに身を投げ出して座っている。
そのソファーでそんな風に座っていられるのはあとどのくらいだろうか。



◇◇◇
「ほら、ハンドベルの音が聞こえるでしょう?もうすぐみんなここへ来るわ。これで寂しくなくなるわね」

かつてアンジェリカの控室だった広い空間には、簡素な寝台とミーガンがお気に入りだったライティングビューローが木片を繋ぎ合わせた状態で置かれている。

「妊娠を告げるかどうかは貴方が選ぶと良いわ。出産まで秘密にするというなら囚人服はうってつけね。ゆったりしているから大人しくしていればきっと誰も気づかない。サイラスの計画に乗るのも止めはしないけれど、貴方たちが思っているほど甘い話じゃないわ」

アンジェリカは側に置いてあるライティングビューローの斧の跡を撫でながらミーガンに微笑みかけた。
ミーガンは、アンジェリカを睨み付けながら答えた。

「乗るに決まってるじゃない。こんなところに閉じ込められたままでいるなんて真っ平よ。あなたはお兄様と私が自由になって復讐されるのが怖いからそうやって脅しているんでしょう?
見てなさい!絶対に復讐してやるんだから!」

そう言ってジャラジャラと首と手枷の鎖を鳴らしながらアンジェリカに近づこうとした所をパトリシアに取り押さえられた。

「そう、残念ね」

アンジェリカが首を傾げてそう言うと、ミーガンはフンと鼻を鳴らして扉の方へ歩いて行った。

「さっさと扉を開けなさいよ!そっちの部屋へ行くんだから!」

そう言って鼻息荒く元控室を出て、王族エリアの扉が開いたところで息を呑んだようだ。
扉が変わっていない事で、かつてあった豪華な部屋を想像していたらしいが、今まで居ただだっ広い元控室よりも数段劣る牢獄とつぎはぎの鏡台を目にして、迫真の演技、ではなく本当にふるふると震えて涙ぐんでいる。

姿を現したミーガンに、皆は口々に労わりの言葉を掛けているが、当のミーガンは『大丈夫です』と応じるだけで、牢に入れられてからは奥の寝台でじっと蹲っている。
やはり妊娠に付いては告げず、出産時に兄が企てている計画に乗る様だ。


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