【中編】激甘すぎる婚前同居。 〜訳アリ令嬢は染織家の盲愛に気づかない〜
【穂貴side】



「穂貴さんっ! できました!」

 美宙ちゃんの声が、アトリエに明るく響いた。さっきまで手を震わせて恐る恐る織り機に向かっていた彼女は、目標のコースターを織り終えてこちらを見上げた。俺はそれに近づくと、初めの方は少しよわよわしくて不揃いだけどだんだん自信が出てきたのか、綺麗な彼女らしい優しいものが出来上がっていた。

 糸の色合いが柔らかく、彼女の純粋さがそのまま織り込まれているようだ。心の中で、胸が温かくなる。この子は、こんな小さな成功でも、こんなに喜べるんだ。
 ずっと独りだった俺の日常に、彼女がいてくれることが信じられないくらい幸せだ。

 でも、同時に、心の奥で小さな棘が刺さる。彼女の笑顔を見ていると、過去の記憶がよみがえり、俺が彼女に与えられるものが、本当に十分なのか、不安がよぎる。


「……綺麗だよ、上出来だ」


 俺の言葉に、彼女の目が輝いた。褒め言葉一つで、こんなに反応してくれる。心が溶けそうになる。


「本当ですか!? 嬉しいですっ」


 彼女はぴょんぴょん飛び跳ねるんじゃないかと思うくらいに喜んで、嬉しそうだった。染める時も「すごいすごい」「本当に染まってる!」と楽しそうにしていたから、予想通りの反応だ。
 本当に可愛い女の子だ。彼女のこの無邪気さが、俺の心を掴んで離さない。幼い頃の彼女を思い出す。
 あの頃も、こんな風に目を輝かせて、世界のすべてを新鮮に受け止めていた。でも、今の彼女はあの記憶を失っている。

 それを知っている俺は、彼女の笑顔を見るたび、喜びと後悔が混じり合う。彼女を失った過去の喪失感が、時折胸を締めつける。でも、今ここにいる彼女を、絶対に守りたい。この同居生活が、俺たちの絆を再び紡ぎ直すチャンスだと思っている。



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