これはもはや事故です!

甘える練習始めました。

 夜空に星が瞬き始め、窓ガラスの淵がくもる。
 温かい部屋で、手持ち無沙汰な美羽はTVを付けた。
 
「何もしないで、甘えるって、結構難しい……」
 
 よくよく考えると、一人暮らしを始めてから、こんなにのんびり過ごすことなんて、無かったように思う。

「磯崎さん……早く帰って来ないかな」

 その名前を口にするだけで、頬が熱くなる。
 昼間、優佳に言われた『Hしたかって聞いてるんだけど』って言葉が頭の中でリピートして、無駄を意識してしまう。
 自分でも奥手だとわかっている。だけど、両親の離婚劇を間近で見ていたせいか、男性と付き合うとか考えられなかったのだ。
 だから、彼のことを意識するだけで、こんなに胸が高鳴るなんて……。

「もう、優佳ったら……変なこと言わないでほしい」

 すると玄関から、鍵が回る音が聞こえて、美羽の肩が小さく跳ねた。

「ただいま」

 柔らかな磯崎の声に、美羽の耳がくすぐられる。

(わっ、このタイミングでムリ!絶対に意識しちゃう……)

「あ……おかえりなさい」

 思ったより声が硬くなってしまって、美羽は内心で慌てる。
 磯崎は靴を脱ぎながらちらりと美羽を見て、すぐに足元へ視線を落とした。

「足の具合どうだ?」

「だいぶ楽です」

「そうか」

 そこで、美羽は優佳の言葉をふと思い出す。

(何もしなくていい時間を、味わえばいい)

 美羽は、胸の奥で何かを決めて、小さく息を吸った。

「あの……」

「ん?」

「もし、よかったら、夕飯……一緒に食べてもいいですか……?」

 言い終えた瞬間、緊張で心臓がどくどくと鳴る。

 磯崎は一瞬だけ目を瞬かせ、それから、ほんの少し口元を緩めた。

「もちろん」

「……良かった」

 嘘じゃなかった。
 キッチンに行こうとした美羽を、磯崎がすぐに止める。

「座ってて」

「あ、でも……」

「俺がやる」

 迷いのない言葉に、胸がまたじんとする。
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