これはもはや事故です!

や、やばい……。

明かりのついたリビング。
そのドアを開ける前、美羽は大きく息を吸い込んだ。
そして、吐き出してからドアを開く。

「お風呂、ありがとうございました」

 美羽の声で、ソファに居る磯崎は、読んでいた資料から顔を上げた。普段上げている髪を下ろしていて、美羽の目には、いつもより少しだけ無防備に見えた。

(……これは反則では?)

「温まったか?」

「はい……」

 美羽はそっと隣に座る。
 手を伸ばせば触れる微妙な距離。

「……あの」

「ん?」

「……その……」

 言葉が迷子になる。

(何を言いたいの私! 足、治ったけど……帰らないって言いたい?
 それとも……一緒にいたい?)

 磯崎が資料を閉じ、美羽の言葉を待つように視線を向ける。
 その視線に耐えきれなくなった美羽は、小さな声で話し始めた。

「磯崎さん……私……」

 お風呂上がりの肌はほてり、その瞳は熱を帯びていた。

(……落ち着かない)

 理由はわかっている。
 わかっているのに、どうしたらいいのか……わからない。

 美羽は、無意識にソファに座る位置を磯崎の方へと、ずらしていた。
 ほんの、数センチ。
 それだけなのに、空気が変わる。

 磯崎の気配が、すぐそばにある。
 腕の温度、呼吸の間合いが、感じられた。

「……寒いのか?」

 不意に聞かれて、美羽ははっと顔を上げる。

「え? い、いえ……」

 否定したはずなのに、次の瞬間、美羽は自分でも驚く行動を取っていた。

 ――ぎゅ。
 無意識に、磯崎の袖を掴んでいた。

「……あ」

 気づいたときには、もう遅い。
 離したら、全部が終わってしまう気がして、掴んだ指先が、離れない。
 磯崎が、動きを止める。

「美羽さん?」

 低く名前を呼ばれて、心臓が大きく跳ねる。

(ちが、これは……その……)
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