これはもはや事故です!

あれ?なんでこうなった?

 見覚えがある景色の中、タクシーがゆっくり減速し、深夜の静かな高層マンション前で止まった。
 街灯のオレンジ色の光が、車内に柔らかく差し込む。
乗車料金を精算している磯崎の横で、美羽はふと思った。

(こんな時間に、しかも男の人の家に上がるなんて……ヤバくない?
いやいや、落ち着け美羽。これはただの緊急事態なんだから!)

 自己暗示をかけても、心臓の高鳴りは止まらない。

「着いたよ」

 磯崎の低い声に、胸がまた跳ねる。
 車外の冷気がスッと流れ込むと同時に、美羽は現実に引き戻された。

「さ、降りよう」

「ま、待ってくださいっ」

「ん?どうした?」

「あの……意外にも磯崎さんのお宅と私んちって、ご近所ですし、本当に、家まで送ってくれたら十分ですから!」

 タクシーの後部座席での僅かな抵抗。
 だって、磯崎は、遊び人という噂の持ち主で、今日の修羅場もその象徴みたいなもの。

「美羽さん」

 名前を呼ばれるだけで、心が揺れる。
 やめて、その優しい声……。

「歩けない状態で一人になるのは危ないよ」

(幾ら、弁護士さんとはいえ、三角関係で揉めてたような人の家に行って大丈夫なの?いや、ダメでしょ普通)

 だが、足がズキズキと痛む。
 自分ひとりじゃ歩けない。
 エレベーターなし3階の現実が突き刺さる。

「気合があれば……」

 そう言った瞬間、彼の両腕がするりと体を支えた。

「わっ……!」

 車のシートから軽々と抱き上げられる。

「落とさないから安心して」

 その一言が、また美羽の胸の奥を掴む。

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