これはもはや事故です!

帰ります

 美羽は、自分の心にきちんと向き合わないまま、考えないように、感じないようにして、日々をやり過ごしていた。

 朝になれば起きて、簡単な身支度をして、磯崎を顔を合わせれば「おはようございます」と言う。

 昼には用意してもらった軽い食事を取り、痛む足を気にしながら、ソファとベッドの間をゆっくり移動する。

 夜になれば「おやすみなさい」と言って、また一人、天井を見つめる。

 それだけの毎日。

 話せば優しい。
 近づけば気遣ってくれる。
 でも、必要以上に踏み込んではこない。

 磯崎との距離は、近いようで、どこか一線が引かれたまま。
 踏み出せば壊れそうで、かといって離れることもできない。そんな、ぎこちない状態が続いていた。

 気がつけば、一週間が経っていた。

 足首の腫れはだいぶ引き、車いすに頼らなくても、部屋の中ならゆっくり歩けるようになった。

 床に足を下ろすたびに、まだ鈍い痛みは残るけれど、ケガをした時のように、息が詰まるほどではない。

(……もう、ずいぶん楽になったな)

 そう思いながら、テーブルに手をついて立ち上がる。

 一歩。
 もう一歩。

 慎重に歩く自分の姿が、なんだか少しだけ頼もしく見えて、同時に、胸の奥がちくりとした。

(……治ったら、ここを出るんだよね)

 当たり前のはずの未来が、なぜか、少しだけ寂しい。

 痛みは引いている。
 生活も落ち着いてきている。

 なのに心だけが、どこにも行けずに立ち止まっていた。

(私、何から目を逸らしてるんだろう……)

 答えは、分かっている気がする。
 でも、その名前を口にする勇気が、まだなかった。
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