これはもはや事故です!

どうして……

 美羽は一度、ぎゅっと目を閉じてから、ゆっくりと鍵を開けた。
 ドアを開けると、ひんやりした夜の空気の中に、磯崎が立っていた。
 スーツの肩に、街灯の光が落ちている。

「……これ」

 そう言って、差し出されたのは、靴の入った手提げ袋。

「君のものだ。大事にしてた靴だろ」

(どうして分かるの。
 どうして、そんな言い方するの?)

 手提げ袋を受け取った瞬間、美羽の胸の奥で、張りつめていたものが、音を立てて崩れていく。

「……あの、この靴」

 声が震えた。

「……私、自分の誕生日に……頑張ったご褒美に買ったんです……」

 どうでもいいはずの説明なのに、止まらなかった。

「背伸びして……似合わなくても……大人になりたくて……」

 袋を抱きしめる指先に力が籠る。

「……なのに、私……」

 感情が先走り、言葉が続かない。
 胸が詰まって、視界が滲む。

「……なんで、こんなに……」

 ぽろり、と涙が落ちた。
 慌てて拭おうとした、その瞬間、磯崎が、一歩だけ前に出る。
 二人の距離が、縮まる。

「……美羽さん」

 名前を呼ばれた。それだけで、もうだめだった。
 頑なだった心が解けていく。

「俺は……責任だけで、ここに来たわけじゃない」

 低く静かな声に、美羽の心は震える。

「君が帰ってから、ずっと気になっていた。
 ちゃんと歩けてるか。食べてるか。……一人で泣いてないか」

 (どうして。何で、そんなこと言うの?)

「そんなの……。磯崎さんは、みんなに……優しいだけじゃないですか……」

 言い切る前に、彼の声が、重なった。

「違う。少なくとも、俺は……他の人には、こんなふうにはしない……」

 その言葉が、美羽の胸に落ちる。

 逃げ道を塞がれるみたいで、少し怖い。
 でも同時に、ずっと欲しかった答えだった。
 
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