隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜

第四章 婚約者

 遼さんの車は乗り心地がいい。
 今日で三度目の乗車だ。
 私は車の免許なんて持ってないし、高級車に乗る機会なんて滅多にない。なので、車に乗る時、傷をつけないよう細心の注意を払って足を踏み入れているけれど、遼さんはそんなことお構いなしのようだ。

「車なんて消耗品だし、いつかは壊れるものだ。汚れたら掃除をすればいいし、傷が付けば修理をすればいい」

 遼さんは簡単にそう言うけれど、そうもいかない。
 私は本当の恋人ではない。家族に政略結婚を押し付けられないための偽りの関係であって、いつか彼が本当に好きになった人と恋愛をするまでの契約なのだ。

 とりあえずは、誰の目からも恋人らしく見える振る舞いをしなければならない。しかし、そう考えれば考えるほど、逆にプレッシャーを感じてしまう。
 恋人らしい振る舞いって、いったいどうすればいいのだろう。

 帰宅の道すがら、遼さんに聞いてみた。

「私たち、付き合っているという体ですが、どうやったらそんなふうに見えると思いますかね? 私、そういうの今ひとつよくわからなくて……」

 幼少の頃は母が外で仕事をしているから家事全般を私が引き受けていた。
 学生時代は少しでも母に金銭的な負担をかけたくなくて、自分の欲しいものはバイト代で賄ってきたし、大学に進学してからも、学費以外の費用はバイトで稼いできた。
 そのせいで、告白されてもデートに費やす時間が取れなくて、結局最後は振られてばかりだった。
 だからお付き合い経験なんて、ぶっちゃけ皆無に等しい。

「んー、そうだな……。とりあえずは現状のままでいいと思う。薫が俺の部屋に来て手料理を振舞う。で、俺が薫を家まで送る。傍からは、俺が多忙の時に支えてくれているって見られていると思うし」

 その言葉に、私はうなずいた。
 遼さんは多忙な身だし、特に無理してどこかへお出掛けをしたりする必要はなさそうだ。
 ただ、ホテルの従業員には私が彼の部屋に出入りしていることを不審に思われるかもしれない。
 私はホテル従業員ではないけれど、提携するフィットネス施設に勤務しているだけに、この前の大井さんを含む一部の人には顔を知られている。
 そのことも相談しなければ。

「あのっ……、これから私が毎日ホテルのお部屋に通うことについてなんですけど、ホテルの従業員には……」

 私の声に、遼さんは特に何も考えていなかったようだ。

「ホテルにはお付き合いをしている彼女が通っているって言っておいた方がいい?」
 
「えっと……、私は一部のホテルの従業員にも顔を知られているので、頻繁に部屋へ出入りしていると不審に思われるかもと思って」

 私の言葉に、遼さんも私の置かれている状況が理解できたようだ。

「じゃあこうしよう。とりあえずホテルの人に何か言われたら、この前俺が倒れた時に助けてくれた薫に一目惚れをした。倒れる前に公園でジョギングしていた時に顔見知りだったこともあり、俺から告白して付き合うことになったってことで。こちらから何か言わなくても、聞かれたら話せばいい。一目惚れのくだり以外は事実だし、これなら問題ないだろう?」

「まあ……、それはそうですね。嘘ではないし」
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