電話越しで恋をした副社長から、突然プロポーズされました

プロローグ

「じゃあ、留守番頼んだよ」
「行ってらっしゃい、田辺さん」
私は総務課長を見送った。
なぜか、うちの部署は、役職で呼んではいけない。
名字に『さん付け』で呼ぶという、謎なルールがある。
他のみなさんは出張で誰もいない。
静かな事務所に一人で留守番だ。
データ整理の作業を黙々とやっていると電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。北海道支社、湯元でございます」
『お疲れ様です。丸谷です』
「お疲れ様です!」
副社長だ!
彼の声を聞くだけで、心臓がドキドキと鼓動を打つ。
『今日も元気ですね。今一人ですよね。困ったことはありませんか?』
「は、はい」
社内ウェブの予定表でスケジュールを確認し、私が一人だということがわかったのだろう。
『先日お願いしていた資料は完成しましたか?』
「もう三十分ほどで出来上がります」
『ありがとうございます。完成しましたらメールで送っていただけますか?』
「了解しました」
仕事の指示は的確で内容はいつも丁寧に説明してくれる。
電話だけのやり取りなのに、私は副社長のことを心から尊敬していた。
『湯元明菜さんは、いつも明るいですね』
「え? あ、ありがとうございます」
まさか誉めてもらえると思わず声がうわずった。
『仕事は、楽しいですか?』
「少しずつ慣れてきました。ただ……一人で留守番しているのは寂しいときもあります」
『そうですよね。寂しい思いをさせて申し訳ないです』
「いえいえ、副社長が悪いわけではありませんので、お気になさらずに……。みなさんいい方で楽しいですし、いい経験になりそうなので頑張ります」
『北海道支社が閉鎖されるまでの一年間、よろしくお願いしますね』
「期待に応えられるように頑張ります」
『前向きでいいですね。でも無理は禁物ですよ』
「はい……」
『来週、札幌に行きます。もしよければ札幌の美味しいお店をいくつか教えていただけますか? お客様向けのWebページに北海道の情報を充実させたいと思っていました。いい企画になったら企画部にも話して旅行のプランとして販売することも考えております』
大きな仕事なので緊張してしまったが、自分にできることを考えてみよう。
「わかりました」
『では、メールお待ちしていますね』
電話が切れた。いつもこうして私のことを気遣って声をかけてくれる。
「副社長に会えるんだ……」
もうすぐリアルな副社長に会えるけど、会って幻滅されたらどうしよう。
入社式は東京の本社で行われたけれど、副社長はどうしても外せない海外の仕事があったらしく欠席だったのだ。
なので、相手の顔を知らない。
だからこそ、どんな人なのかと想像してしまう。
話す声は落ち着いて言ってすごく素敵だし、話し方も優しい。
電話で話すだけで胸がキュンキュンして止まらない。
だって、周りに恋する相手がいない。
ときめきがないと、枯れてしまいそうだし!
……なんて、理由をつけているけれど――
ドラマや漫画で見るような恋愛の世界に憧れる! ただそれだけ……。
って、妄想をしている場合ではない。
やるべき仕事はたくさんある。
次から次とこなしていかなければならなかった。

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