ヴィーナスになった猫

12落下

12落下

「あー、だめだー」

保奈美が叫んだその時です。なおっちがそのロープに噛みつきました。

 ガリ、ガリ、ガリ、ガリ。

なおっちは必死になってロープを噛み切り始めたのです。

その間にも眼下の大地がどんどん迫ってきます。

 ガリ ガリ ガリ ガリ

ついに、プツンとロープの切れる音がし、バンと音をたててパラシュートが完全に開きました。

しかしそのショックで、なおっちの体が宙に浮いてしまいました。

「あー、なおっち」

保奈美は思わず両手を伸ばしましたが、間に合いませんでした。

なおっちの小さな体は、緑の草原にどんどん吸い込まれていきました。

「なおっち、なおっち」

保奈美はなおっちの名前を呼びながら、両手で顔を覆ってしまいました。

 気が付くと、保奈美から少し離れたところに、なおっちの赤いリボンがゆらゆらと漂いながら、ゆっくりと落ちていきます。

保奈美はパラシュートを操作して、その赤いリボンに近づき、右手で握りしめました。


 飛行場では人々が大騒ぎをしていました。炎に包まれた小型飛行機が近くの山林に落ちたのです。ドーンという大きな音も聞こえました。

パラシュートにぶら下がっていた保奈美は、風にのりながら無事草原に降り立ち、さっとパラシュートを外し、草原のあちらこちらを探し始めました。

「なおっち、なおっち」

そこにまっ先に駆けつけたのが達也でした。

保奈美から事情を聞いた達也は、

「なおっちが乗っていたのか。とにかく日が落ちる前に探し出そう」

と言い、保奈美と一緒に滑走路や草むらの上を探し回りました。

そのうちにオレンジ色にふくらんだ太陽が地平線の下に消へ、金色に輝く金星が西の空に現れました。しかし、なおっちの姿はどこにも見当たりません。

一夜明けた翌日も、保奈美は朝からなおっちを探して回りました。

ロープを噛み切って保奈美を助けた話を聞いた飛行場の人たちも、手分けをしてなおっちを探し回りましたが、なおっちの姿はどこにも見当たりませんでした。

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