レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~

最終話 新たなる朝

 ノツィーリアが目を覚ますと、見たことのない模様の天蓋が視界いっぱいに広がった。

(ここはどこ……?)

 不安を覚えながら身じろぎした途端、隣に横たわる人の存在に気づいて心臓が跳ねた。

(そうか、私……)

 ルジェレクス皇帝は、まだ眠っているようだった。規則正しい寝息を洩らしている。
 その呼吸音を聞いているうちに、昨晩の出来事――夢としか思えないほどの濃密な時間が、脳裏によみがえった。

 宝物を扱うような手付きで触れてくれて。
 時には力強く、でも決して乱暴ではなく。

 気遣う言葉を何度も掛けてくれて、初めての経験に混乱して泣き出しても優しくなだめてくれて、身も心も溺れさせてくれた。

(よく憶えていないけれど、すごく叫んでしまった気がする)

 おぼろげな記憶の輪郭がはっきりとしてくれば、瞬く間に全身が燃え上がる。
 昨晩は、媚薬の効果は簡単には収まらなかった。正直にそれを打ち明けても、ルジェレクス皇帝はあきれもせず嫌悪感を示すこともなかった。それどころか、薬効にさいなまれる自分以上にノツィーリアを求め続けてくれた。

 改めて、皇帝の横顔を眺めてみる。

(綺麗なお顔をしていらっしゃるのね)

 冷徹皇帝という俗称から、野蛮な姿を思い描いていたことを申し訳なく思った。
 健康的な浅黒い肌、その上に流線を描く黒髪。長い睫毛、艶やかな唇。
 いつしか読んだことのある恋愛小説に出てくるような、理想の王子様を思わせる端正な顔立ち。
 そのあまりの美しさに、絵画鑑賞をするかのようにまじまじと見つめてしまう。

(こんなにも素敵な方に、媚薬の効果を治める手助けをお願いしてしまったなんて。厚かましいにもほどがある)

 どうして初めて出会った相手の名を何度も熱っぽく呼んでくれたのか、顔じゅうに口付けの雨を降らせてきたのか――。

 分不相応な扱いをしてもらえていると自覚していても、今はまだ、夢の続きのようなこの温もりを手放したくない、強くそう思った。
 少なくとも皇帝が目覚めるまでは、この心地よさに浸っていられる。まだこの幸せな時間が終わらないで欲しい――。

 そう願ったのも束の間、ルジェレクス皇帝が目蓋をゆっくりと持ち上げた。赤い瞳がぼんやりとしていたのは一瞬で、すぐにノツィーリアの方に振り向いて、柔らかな笑みを浮かべる。
< 58 / 66 >

この作品をシェア

pagetop