早河シリーズ完結編【魔術師】
第四章 魔女裁判
救急車に乗せられた時点で意識を失っていた隼人は、都内の大学病院に搬送され緊急手術となった。
隼人の刺し傷は一部が臓器に達していて出血量も多い。意識が戻らないまま、彼はICUに運ばれた。
泣き崩れながら美月はICUに向かう。彼女の震える背中に小山真紀は心の中で何度もごめんねと呟いて謝罪した。
自分の失態が許せない。守ると誓ったのに守れなかった。
「油断していました。木村隼人の職場の人間を利用するとは思わなくて……」
『俺もだ。してやられたな』
病院に来ていた早河仁と共に、真紀は長い廊下を歩いて待合室に移動した。これまで何人もの人間が、大切な誰かの死に怯えて眠れぬ夜を過ごした薄暗い病院の待合室は、この世の絶望を凝縮した世界だ。
早河と真紀は三列に並ぶソファーの一列目と二列目に分かれて座った。真紀は一列目に座る早河の振り向かない背中を見つめる。
「一輝と連絡が取れないんです。何か知りませんか?」
『どうして俺に聞く?』
「早河さんなら一輝が何をしているのか知っているんじゃないかと。私の電話にわざと出ないような、そんな感じなんですよね。一輝に何を調べさせているんですか?」
振り向かない広い背中が溜息をついて少しだけ肩を落とした。
『矢野にはある男の居所を探らせてる』
『貴嶋ですか?』
『貴嶋の他にもいるだろ。カクレンボしてる男が』
早河が顔をこちらに向けた。常夜灯の明かりだけの薄暗さでも、早河の目に強い光が宿っていることが真紀にはわかる。
「まさか佐藤を?」
『お前達には悪いが、俺は警察よりも先に佐藤を見つける。そうしなければこの事件の本当の目的は闇に葬られるだろう』
「どういう意味ですか? 一体、早河さんは何を……」
早河が口元に人差し指を当てた。その仕草に真紀は口をつぐんで耳を澄ませる。
誰かが廊下を歩く足音が聞こえた。歩いて来たのは看護師だった。
看護師の姿を確認した途端に早河と真紀の警戒の空気が緩む。看護師の女性は今までの張り詰めていた空気を敏感に感じ取ったのか、恐々と早河と真紀に声をかけた。
「警察の方ですよね? 坂下菜々子さんの病室にご案内するよう言われまして……」
「ありがとうございます。すぐに行きます」
立ち上がった真紀は不動の早河を一瞥する。
「早河さんは……」
『俺はここにいる。さっきの話は後で』
詳細を説明する気はあるらしい。早河は常に真紀の一歩先を行きながらも、必ずどこかで真紀が追い付くのを待っていてくれる。
こういうところは彼が刑事だった頃と変わらない。
『俺と矢野の動きは上野さんには報告するなよ』
「警視にはって……わかりました。それも後で説明してくれるんですか?」
『ちゃんと説明してやる。今は自分の仕事をしっかりやって来い』
今の真紀の仕事は早河との押し問答ではなく、坂下菜々子への聴取だ。出来ることをひとつずつ、こなしていかなければ現状の好転はない。
「刑事さんとあの男性はお互いに信頼し合っているんですね。お二人を見ていてそう感じました」
菜々子の病室まで案内してくれた看護師が呟いた。足立静香のネームプレートをつけた看護師に向けて、真紀は微笑して頷いた。
隼人の刺し傷は一部が臓器に達していて出血量も多い。意識が戻らないまま、彼はICUに運ばれた。
泣き崩れながら美月はICUに向かう。彼女の震える背中に小山真紀は心の中で何度もごめんねと呟いて謝罪した。
自分の失態が許せない。守ると誓ったのに守れなかった。
「油断していました。木村隼人の職場の人間を利用するとは思わなくて……」
『俺もだ。してやられたな』
病院に来ていた早河仁と共に、真紀は長い廊下を歩いて待合室に移動した。これまで何人もの人間が、大切な誰かの死に怯えて眠れぬ夜を過ごした薄暗い病院の待合室は、この世の絶望を凝縮した世界だ。
早河と真紀は三列に並ぶソファーの一列目と二列目に分かれて座った。真紀は一列目に座る早河の振り向かない背中を見つめる。
「一輝と連絡が取れないんです。何か知りませんか?」
『どうして俺に聞く?』
「早河さんなら一輝が何をしているのか知っているんじゃないかと。私の電話にわざと出ないような、そんな感じなんですよね。一輝に何を調べさせているんですか?」
振り向かない広い背中が溜息をついて少しだけ肩を落とした。
『矢野にはある男の居所を探らせてる』
『貴嶋ですか?』
『貴嶋の他にもいるだろ。カクレンボしてる男が』
早河が顔をこちらに向けた。常夜灯の明かりだけの薄暗さでも、早河の目に強い光が宿っていることが真紀にはわかる。
「まさか佐藤を?」
『お前達には悪いが、俺は警察よりも先に佐藤を見つける。そうしなければこの事件の本当の目的は闇に葬られるだろう』
「どういう意味ですか? 一体、早河さんは何を……」
早河が口元に人差し指を当てた。その仕草に真紀は口をつぐんで耳を澄ませる。
誰かが廊下を歩く足音が聞こえた。歩いて来たのは看護師だった。
看護師の姿を確認した途端に早河と真紀の警戒の空気が緩む。看護師の女性は今までの張り詰めていた空気を敏感に感じ取ったのか、恐々と早河と真紀に声をかけた。
「警察の方ですよね? 坂下菜々子さんの病室にご案内するよう言われまして……」
「ありがとうございます。すぐに行きます」
立ち上がった真紀は不動の早河を一瞥する。
「早河さんは……」
『俺はここにいる。さっきの話は後で』
詳細を説明する気はあるらしい。早河は常に真紀の一歩先を行きながらも、必ずどこかで真紀が追い付くのを待っていてくれる。
こういうところは彼が刑事だった頃と変わらない。
『俺と矢野の動きは上野さんには報告するなよ』
「警視にはって……わかりました。それも後で説明してくれるんですか?」
『ちゃんと説明してやる。今は自分の仕事をしっかりやって来い』
今の真紀の仕事は早河との押し問答ではなく、坂下菜々子への聴取だ。出来ることをひとつずつ、こなしていかなければ現状の好転はない。
「刑事さんとあの男性はお互いに信頼し合っているんですね。お二人を見ていてそう感じました」
菜々子の病室まで案内してくれた看護師が呟いた。足立静香のネームプレートをつけた看護師に向けて、真紀は微笑して頷いた。