嘘つきと疫病神
隠せない想い
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。
きっと煙を吸いすぎて頭がおかしくなってしまったのだ。こんな事あっていいはずがない。
鏡子がこれまでずっと柳凪の名前を守ってきたというのに、その柳凪が無くなってしまったなどあって良いはずがなかった。
蕗を命の危険から身を挺して庇った鏡子が何よりも大切にしていたのに、蕗にとっても大好きで大切な場所だったのに。
「うわああああ!」
今にも飛び出さんとばかりに暴れ回る蕗を仁武は必死になって押さえつける。このまま野放しにしてしまえば、未だ何処かで自分達のことを狙っている敵軍に見つかってしまう危険があった。
江波方の胸の中で紬が泣き叫び、その声と何処か遠くで鳴り続ける爆音が混ざり合って辺り一面に響いていく。
「嫌だ! 嫌だあ!!」
「やめろ、やめろ蕗!」
仁武は感情のままに暴れ回る蕗をひたすらに押さえつけ、誰に願うでもなく懇願する。
自分だって見ていられない。それでも叫んで暴れる蕗を止めるには嫌でもその光景が目に入った。
ガラガラと音を立てながら跡形もなく崩れていく店。とうとう瓦礫と化した店を見た蕗の叫びがピタリと止んだ。
瓦礫の山を見つめた蕗は、仁武の腕の中で静かに声を上げることなく泣き出した。ただ、泣いて、泣いて、泣いて。泣くという行為が分からなくなるほどに涙を流した。
ほんの少し前まで鮮やかな青色をしていた空は、醜くも灰と炎で赤黒く染まっている。豹変した空、それは地獄を表しているようだった。
「何で、こんなことをするの……」
背後から抱き締める仁武の手を握りながら、蕗は何度もその言葉を繰り返す。気がつけば、彼らの周りには炎が広がっており、すぐ傍に炎があるため頬が焼けるように痛い。
轟々と音を立てながら燃え上がる建物、人々の叫び声が平穏だった町を一瞬の内にして地獄へと変えた。
自分達人間が作り上げたはずの幸せを何故自分達の手で壊してしまうのだろう。どうしてこうなることが予想できなかったのだろう。
幸せだった。幸せだと思えたんだ。
毎日鏡子と共に食事を取って、出勤してきた紬と友里恵と挨拶を交わす。朝、軒先を掃除していると学校に向かう和加代が声を掛けるから、しばらく立ち話をする。暇を見つけて顔を出しに来た仁武達と、他の客がいないことを良いことに世間話に花を咲かせる。
いつも芝の冗談を仁武が真に受けて、小瀧がそんな彼らを嗜めると次は江波方へと狙いが変わる。
やっと手に入れた幸せだった。いつまでも続く、永遠の幸せだと思っていた。
永遠なんて無い、幸せなんてずっと続くわけがないと分かっていたのに信じてしまった。いつか終わってしまうと分かっていたのに、目の前の幸せに目を奪われてその先の未来を考えていなかった。
十年前の仁武と再会した日、全てに気がついたにも関わらず。
「逃げよう」
「え…………?」
涙で歪む視線を声が聞こえた方へ向ければ、真剣な眼差しで瓦礫の山と化した柳凪を見つめる仁武がいる。
紬も江波方も仁武の言葉を聞いてぽかんと口を開けて固まった。
今、逃げようと言った?
これまで一度も何かを投げ出すようなことを言わなかった仁武が逃げるって?
きっと煙を吸いすぎて頭がおかしくなってしまったのだ。こんな事あっていいはずがない。
鏡子がこれまでずっと柳凪の名前を守ってきたというのに、その柳凪が無くなってしまったなどあって良いはずがなかった。
蕗を命の危険から身を挺して庇った鏡子が何よりも大切にしていたのに、蕗にとっても大好きで大切な場所だったのに。
「うわああああ!」
今にも飛び出さんとばかりに暴れ回る蕗を仁武は必死になって押さえつける。このまま野放しにしてしまえば、未だ何処かで自分達のことを狙っている敵軍に見つかってしまう危険があった。
江波方の胸の中で紬が泣き叫び、その声と何処か遠くで鳴り続ける爆音が混ざり合って辺り一面に響いていく。
「嫌だ! 嫌だあ!!」
「やめろ、やめろ蕗!」
仁武は感情のままに暴れ回る蕗をひたすらに押さえつけ、誰に願うでもなく懇願する。
自分だって見ていられない。それでも叫んで暴れる蕗を止めるには嫌でもその光景が目に入った。
ガラガラと音を立てながら跡形もなく崩れていく店。とうとう瓦礫と化した店を見た蕗の叫びがピタリと止んだ。
瓦礫の山を見つめた蕗は、仁武の腕の中で静かに声を上げることなく泣き出した。ただ、泣いて、泣いて、泣いて。泣くという行為が分からなくなるほどに涙を流した。
ほんの少し前まで鮮やかな青色をしていた空は、醜くも灰と炎で赤黒く染まっている。豹変した空、それは地獄を表しているようだった。
「何で、こんなことをするの……」
背後から抱き締める仁武の手を握りながら、蕗は何度もその言葉を繰り返す。気がつけば、彼らの周りには炎が広がっており、すぐ傍に炎があるため頬が焼けるように痛い。
轟々と音を立てながら燃え上がる建物、人々の叫び声が平穏だった町を一瞬の内にして地獄へと変えた。
自分達人間が作り上げたはずの幸せを何故自分達の手で壊してしまうのだろう。どうしてこうなることが予想できなかったのだろう。
幸せだった。幸せだと思えたんだ。
毎日鏡子と共に食事を取って、出勤してきた紬と友里恵と挨拶を交わす。朝、軒先を掃除していると学校に向かう和加代が声を掛けるから、しばらく立ち話をする。暇を見つけて顔を出しに来た仁武達と、他の客がいないことを良いことに世間話に花を咲かせる。
いつも芝の冗談を仁武が真に受けて、小瀧がそんな彼らを嗜めると次は江波方へと狙いが変わる。
やっと手に入れた幸せだった。いつまでも続く、永遠の幸せだと思っていた。
永遠なんて無い、幸せなんてずっと続くわけがないと分かっていたのに信じてしまった。いつか終わってしまうと分かっていたのに、目の前の幸せに目を奪われてその先の未来を考えていなかった。
十年前の仁武と再会した日、全てに気がついたにも関わらず。
「逃げよう」
「え…………?」
涙で歪む視線を声が聞こえた方へ向ければ、真剣な眼差しで瓦礫の山と化した柳凪を見つめる仁武がいる。
紬も江波方も仁武の言葉を聞いてぽかんと口を開けて固まった。
今、逃げようと言った?
これまで一度も何かを投げ出すようなことを言わなかった仁武が逃げるって?