嘘つきと疫病神

隠した真実

 学校を出てから必死になって走り続けていると、先を走っていた蕗がある場所で立ち止まった。遅れて彼女の背後に立ち止まると、一気に疲れが身体に押し寄せる。
「はあ、はあ、やっと追いついた……」
「仁武? 付いて来たの?」
 息も絶え絶えの仁武が膝に手をついて肩を上下に動かす。その反面、蕗は汗一つ書いておらず、息も上がっていない。自分の本能で動かした身体は疲れることを知らないらしい。
 蕗は瓦礫とかした一軒家の前に立っていた。洸希の家かとも思ったがこの家は見覚えがない。瓦礫が部屋の殆どを覆い尽くし、腐りきった壁は虫食いだらけである。
 だがそんな有り様にも関わらず、骨組みと屋根だけはしっかりと残っていた。
「この家って……」
「私が昔住んでいた家。生まれてから母さんと一緒に暮らしていた一番最初の我が家だよ」
 昔を懐かしむように蕗は一軒家を見ていった。元は家だったのだろうが、これだけを見ていれば到底人が住んでいたとは思えない。ましてや蕗が住んでいたとなればなおさらだ。
 一番最初の我が家ということは、少なくとも仁武の家で暮らした頃よりも前。十数年は昔のことだろう。
 蕗は家の敷地内へと足を進め、瓦礫に覆い尽くされた玄関口と思しき空間の前に立ち止まった。中に入ろうにも瓦礫が行く手を阻んでいる。これだけの瓦礫をどかすのは不可能だ。
 しかし、蕗は迷いなく瓦礫と瓦礫の間に身体を滑り込ませ、そのまま難なく先へと進んでいってしまった。
 慌てて仁武もその後に続く。瓦礫の間は仁武一人が通るので精一杯だった。部屋の中も瓦礫が溢れかえっているため、二人が入るので限界である。
 蕗は中に入るとその奥、居間らしき部屋へと入っていく。その後に続き中に入ると、その先に広がる光景に目を奪われた。
「は………? 何だよ、これ」
「まだ、残っていたんだ」
「おい、蕗。これ、死体だろ。なんでこんなものがここにあるんだ。こんなものがあるなんて、異常だろ」
「分かっているよ。でも、これが私の中では当たり前なの。ねえ、そうでしょう? 母さん」
 視線の先にはツギハギだらけのボロボロで一枚布と変わりない着物を纏った、白骨化した死体が横たわっていた。何故かその死体の傍らに片方の腕らしき骨が落ちている。
「気持ち悪い?」
「っ……。蕗、これは、どういうことだよ」
「どういうことも何も、私は一度死のうとしたって話したでしょ? 忘れちゃった?」
 忘れたわけがない、忘れるわけがない。そう言いたくても目の前の光景が信じられず、言葉にならないまま口から息が溢れた。
 掠れた仁武の息遣いは蕗の耳に届いていたようで、満足気に微笑んだ彼女は死体の傍に屈んだ。
「良かった。これで、また母さんと一緒にいられる」
 蕗は死体の耳元でそう囁いた。その光景を見ていた仁武は震える手で口元を覆う。洸希の死体を見た時に感じた衝撃とは違う。
 絶望。いや、それ以上の何かが身体を蝕み始めた。あまりの不快感に胃がぐるぐると暴れ出す。
 いつの日か、鏡子に問うたことがあった。蕗は何かを隠している、何かを抱えていると。
 その時の彼女の答えは、嘘の中から本当のことを見つけること。彼女に渡された花の名前は何なだったか。
 イヌホオズキ。花言葉は、『嘘つき』。蕗が付いた嘘はこのことだった。
「何で、こんなことを隠していた」
「人に言うようなことでもないでしょう? こうなるまで放置された母さんは何を思ったんだろうね」
 仁武に向けた問いかけのように聞こえたが、実際は答えなど求めていない。ただ、白骨化した死体を見て蕗は微笑んでいた。
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