嘘つきと疫病神
感じた温もり
仁武の祖母の手料理の暖かさに心を満たされ、ふかふかの布団で泥のように眠り朝を迎える。初めて朝が来て安堵と喜びを感じた。
昨晩、身寄りがなく一人になってしまった旨を二人に説明すると、仁武と祖母は快く受け入れてくれた。家族同然として接してくれるようになり、祖母も「お嬢ちゃん」ではなく「蕗ちゃん」と名前で呼んでくれるようになった。
それが何よりも嬉しくて、初めてすごく家族との時間が胸の中をいっぱいに埋め尽くす。
朝の静かな時間を縁側に座って過ごしていると、突然仁武が背後の襖を開けた。あまりの勢いに、庭の木に止まっていた鳥が飛び立つ。
飛び去る鳥の姿を目で追っていると、すぐ傍に仁武が屈んで視線を合わせてきた。
「何、どうしたの?」
「一緒に散歩にでも行かない? ずっとここにいるとつまんないしさ」
そんなことないと言うよりも先に、仁武は立ち上がって手を差し伸べた。出会ってまだ一日も経っていないというのに、何度この手を取ったことだろう。
そして何度救われたことだろう。
「うん、行く」
仁武は知らない世界を見せてくれる。沢山のことを教えてくれる。不器用で全てに気遣いができるわけではなくても、根の優しさがいつも心を包みこんでくれた。
差し伸べられた手を握り立ち上がると、互いの視線が絡まり合う。何だか擽ったくて誤魔化すように笑えば、つられて仁武も笑った。
仁武によると、蕗が家に来るまでは祖母と共に散歩に出掛けていたらしい。今日は蕗がいるからと、祖母だけで散歩に出ているのだという。
わざわざ二人きりで行く必要など無いのではないかと思ったが、不器用な仁武のことだからそこまで気が回らなかったのだろう。深いことなど考えておらず、単純に蕗と行きたかったからとでも言い出しそうである。
玄関先で待つ仁武の傍に寄ると、やけに向けられる眼差しが優しく感じられた。その視線を見ていると居た堪れなくなって、誤魔化すためにふいっと視線を逸らした。
しかしそれこそが彼の求めていた反応のようで、隣から微かに笑い声が聞こえる。
町中を二人並んで歩き、仁武が向かい場所へ素直に付いて行った。昨日蕗が訪れた通りは町の中でも人が少ない場所だったらしく、仁武と歩いていればあちらこちらで騒がしい人々の声が聞こえた。
昨日、あの時点でもう少し先に進んでいれば、大男にも遭遇しなかったのかも知れない。だが、過ぎ去った時間を悔いたところで得られるものは何も無い。今は仁武という自分を救い出してくれた存在と共にいられるだけで満足だ。
一人であれやこれやと考え込んでいると、不意に仁武が立ち止まった。
数歩先を進んで蕗は振り返る。すると仁武はある甘味処の前に立っていた。
恐らく、仁武が蕗を連れて行こうとしていたのがこの店であるらしい。手招きをしながら中に入っていく仁武に倣って、蕗も店の暖簾を潜った。
昨晩、身寄りがなく一人になってしまった旨を二人に説明すると、仁武と祖母は快く受け入れてくれた。家族同然として接してくれるようになり、祖母も「お嬢ちゃん」ではなく「蕗ちゃん」と名前で呼んでくれるようになった。
それが何よりも嬉しくて、初めてすごく家族との時間が胸の中をいっぱいに埋め尽くす。
朝の静かな時間を縁側に座って過ごしていると、突然仁武が背後の襖を開けた。あまりの勢いに、庭の木に止まっていた鳥が飛び立つ。
飛び去る鳥の姿を目で追っていると、すぐ傍に仁武が屈んで視線を合わせてきた。
「何、どうしたの?」
「一緒に散歩にでも行かない? ずっとここにいるとつまんないしさ」
そんなことないと言うよりも先に、仁武は立ち上がって手を差し伸べた。出会ってまだ一日も経っていないというのに、何度この手を取ったことだろう。
そして何度救われたことだろう。
「うん、行く」
仁武は知らない世界を見せてくれる。沢山のことを教えてくれる。不器用で全てに気遣いができるわけではなくても、根の優しさがいつも心を包みこんでくれた。
差し伸べられた手を握り立ち上がると、互いの視線が絡まり合う。何だか擽ったくて誤魔化すように笑えば、つられて仁武も笑った。
仁武によると、蕗が家に来るまでは祖母と共に散歩に出掛けていたらしい。今日は蕗がいるからと、祖母だけで散歩に出ているのだという。
わざわざ二人きりで行く必要など無いのではないかと思ったが、不器用な仁武のことだからそこまで気が回らなかったのだろう。深いことなど考えておらず、単純に蕗と行きたかったからとでも言い出しそうである。
玄関先で待つ仁武の傍に寄ると、やけに向けられる眼差しが優しく感じられた。その視線を見ていると居た堪れなくなって、誤魔化すためにふいっと視線を逸らした。
しかしそれこそが彼の求めていた反応のようで、隣から微かに笑い声が聞こえる。
町中を二人並んで歩き、仁武が向かい場所へ素直に付いて行った。昨日蕗が訪れた通りは町の中でも人が少ない場所だったらしく、仁武と歩いていればあちらこちらで騒がしい人々の声が聞こえた。
昨日、あの時点でもう少し先に進んでいれば、大男にも遭遇しなかったのかも知れない。だが、過ぎ去った時間を悔いたところで得られるものは何も無い。今は仁武という自分を救い出してくれた存在と共にいられるだけで満足だ。
一人であれやこれやと考え込んでいると、不意に仁武が立ち止まった。
数歩先を進んで蕗は振り返る。すると仁武はある甘味処の前に立っていた。
恐らく、仁武が蕗を連れて行こうとしていたのがこの店であるらしい。手招きをしながら中に入っていく仁武に倣って、蕗も店の暖簾を潜った。