嘘つきと疫病神
移りゆく時間
「これで三人目か」
どんよりとした雲が空を覆い、曇天が町を見下ろす皆が寝静まった時間。辺りを宵闇が包み、重々しい空気が張り詰める。
「あの娘の噂は本当だったな」
「“疫病神”め。今すぐ追い出すべきだ」
大通りには何かが横倒しで置かれている。まるで覆い隠すために掛けられた藁の束は、微かに盛り上がっていた。
そしてその周りに数人の老人達が囲うように立っている。
端から見れば異様極まりない不気味な光景である。
(あの人達は一体何をしていると言うの? 疫病神ってもしかして……)
柳凪の店先で怪しげな儀式を行われていることよりも、老人が口にした“疫病神”という単語が胸の内に渦巻く嫌な予感を掻き立てていく。とっくに店仕舞いをした自分以外に誰もいない店内から外の様子を伺っていた鏡子は、老人達から視線を逸らす。
扉を閉めると深くもたれ掛かるように身を預けた。
(まだ小さな女の子じゃない。それなのに追い出すだとか……あの人達には人の心がないわけ?)
疫病神による変死事件の噂は瞬く間に町に広まり、誰も疑うこと無くその噂を信じた。今では知らない人の方が少ないほどに、人々を恐怖に陥れている。
柳凪を訪れる客も、近頃はその噂の話題で持ちきりだった。幅広い年齢層の客が訪れる店では、異様にも皆が同じ噂で身震いをするのだ。
そのおかげか、鏡子も疫病神の噂を知っていた。
自分の弟のような存在である仁武が突然店に連れてきた女の子。一目見ただけで、彼女が噂の疫病神と呼ばれる子なのだと悟った。
世界のことを何も知らない、世間のせいで恐怖に身を縮こませて震えている小さな女の子だった。
そんな小さな女の子が町人による身勝手で馬鹿馬鹿しい噂に苦しめられている。その事実がどうしても許せない。
(彼女が疫病神ではないと証明したいのに……できないなんて、なんて無力なの)
仁武が連れてきた蕗という少女を疫病神と呼ぶにふさわしい理由が、噂が流れ始めてからというもの幾つも生まれていた。
疫病神だと根拠付けられる事例が多すぎるのだ。
町では疫病などが流行っているわけではなく、寂れているとはいえそれなりに活気ある町だ。そんな町であるのに、突然何人もの町人が突然死をしたという話が出回ったのだ。老人達が言っていた三人目というのも、健康だったはずなのに突然死した町人の人数である。
人々は得体の知れない死に対する恐怖を拭うため、小さな女の子を疫病神に仕立て上げる。自分達がどれだけ愚かなことをしているのか、町人達は情けなくも気がついていないらしい。
(とにかく、今は何とかして蕗ちゃんを守らないと)
自分は蕗という少女を得たいの知れない噂から遠ざけることしかできない。
弟同然の仁武が大切に思うのなら、鏡子にとっても蕗は大切な存在であるのだ。
今は蕗を追い出そうとしている町人から守る。それだけを考えて扉の鍵を締めた。
どんよりとした雲が空を覆い、曇天が町を見下ろす皆が寝静まった時間。辺りを宵闇が包み、重々しい空気が張り詰める。
「あの娘の噂は本当だったな」
「“疫病神”め。今すぐ追い出すべきだ」
大通りには何かが横倒しで置かれている。まるで覆い隠すために掛けられた藁の束は、微かに盛り上がっていた。
そしてその周りに数人の老人達が囲うように立っている。
端から見れば異様極まりない不気味な光景である。
(あの人達は一体何をしていると言うの? 疫病神ってもしかして……)
柳凪の店先で怪しげな儀式を行われていることよりも、老人が口にした“疫病神”という単語が胸の内に渦巻く嫌な予感を掻き立てていく。とっくに店仕舞いをした自分以外に誰もいない店内から外の様子を伺っていた鏡子は、老人達から視線を逸らす。
扉を閉めると深くもたれ掛かるように身を預けた。
(まだ小さな女の子じゃない。それなのに追い出すだとか……あの人達には人の心がないわけ?)
疫病神による変死事件の噂は瞬く間に町に広まり、誰も疑うこと無くその噂を信じた。今では知らない人の方が少ないほどに、人々を恐怖に陥れている。
柳凪を訪れる客も、近頃はその噂の話題で持ちきりだった。幅広い年齢層の客が訪れる店では、異様にも皆が同じ噂で身震いをするのだ。
そのおかげか、鏡子も疫病神の噂を知っていた。
自分の弟のような存在である仁武が突然店に連れてきた女の子。一目見ただけで、彼女が噂の疫病神と呼ばれる子なのだと悟った。
世界のことを何も知らない、世間のせいで恐怖に身を縮こませて震えている小さな女の子だった。
そんな小さな女の子が町人による身勝手で馬鹿馬鹿しい噂に苦しめられている。その事実がどうしても許せない。
(彼女が疫病神ではないと証明したいのに……できないなんて、なんて無力なの)
仁武が連れてきた蕗という少女を疫病神と呼ぶにふさわしい理由が、噂が流れ始めてからというもの幾つも生まれていた。
疫病神だと根拠付けられる事例が多すぎるのだ。
町では疫病などが流行っているわけではなく、寂れているとはいえそれなりに活気ある町だ。そんな町であるのに、突然何人もの町人が突然死をしたという話が出回ったのだ。老人達が言っていた三人目というのも、健康だったはずなのに突然死した町人の人数である。
人々は得体の知れない死に対する恐怖を拭うため、小さな女の子を疫病神に仕立て上げる。自分達がどれだけ愚かなことをしているのか、町人達は情けなくも気がついていないらしい。
(とにかく、今は何とかして蕗ちゃんを守らないと)
自分は蕗という少女を得たいの知れない噂から遠ざけることしかできない。
弟同然の仁武が大切に思うのなら、鏡子にとっても蕗は大切な存在であるのだ。
今は蕗を追い出そうとしている町人から守る。それだけを考えて扉の鍵を締めた。