嘘つきと疫病神
第二の人生
「ここで働く間、蕗ちゃんはこれを着てね」
穏やかな微笑みを浮かべる鏡子から真新しい前掛けを手渡される。彼女が身に着けているものと同じ前掛けだ。
祖母が亡くなり、後継ぎとなるはずだった仁武が両親に連れて行かれてから数日。誰もいなくなった風柳写真館は閉店、たった数日の内に当たり前にあると感じていた幸せが壊れてしまった。
再び独りになってしまうと思われた蕗だったが、鏡子が自ら経営している柳凪へと迎え入れてくれたおかげで、今もしがなく生きていた。
新たに与えられた部屋で着替えて、壁際に立て掛けられている姿見を覗き込む。
小さな身体にしては大きい前掛けに、肩の辺りで切り揃えられた癖っ毛、赤く腫れた目。何ともちぐはぐな格好をした少女が映っていた。それが自分自身であると気づくのに、少しばかり時間が必要だった。
着替え終わったのを見計らうように部屋の扉を叩かれる。慌てて扉を開けると、鏡子とは別の柳凪で働いている従業員の女性が立っていた。
「着替え終わった?」
「お待たせしてしまってすみません。紬さん」
肩より少し長い茶色がかった髪が印象的な、十代半ばほどの女性。五十鈴紬は蕗の他人行儀な言葉に苦笑を零した。
「焦らなくていいのよ。ゆっくり慣れていけばいいんだから」
少し屈んで蕗の小さな頭の上に手を乗せると、ゆっくりと撫でながらそう言った。
自身の雇い主が十歳にも満たない少女を連れてきて、「今日から一緒に暮らすことになった」と言ったは彼女もさぞ驚いたことだろう。鏡子の背に隠れておどおどとした様子の、気弱な少女だったのだから尚更だ。
鏡子の説明のようでそうではない曖昧な言葉に、彼女は黙って頷いていた。
この柳凪という甘味処には、鏡子と紬、そしてもう一人、二千佳友里恵という女性従業員がいる。
紬の後を追って店内に戻ると、その友里恵が入口の近くにお盆を持って立っていた。蕗の教育係を担っているのが彼女である。
「あら、似合ってるじゃない。様になってるわね」
長い黒髪を揺らして友里恵は蕗に笑いかける。自分と同じ黒髪をしているというのに、彼女の髪は櫛を通しても引っかからないであろう艶のある毛並みをしている。湿気ですぐに爆発してしまう癖っ毛をしている側としては何とも羨ましいものだ。
「それじゃあ、練習も兼ねて始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
変わらず他人行儀な蕗の発言に、紬と友里恵は顔を見合わせて苦笑を零した。小さな少女が砕けた様子で接してくれるようになるまで、もう少しばかり時間が必要になりそうである。
穏やかな微笑みを浮かべる鏡子から真新しい前掛けを手渡される。彼女が身に着けているものと同じ前掛けだ。
祖母が亡くなり、後継ぎとなるはずだった仁武が両親に連れて行かれてから数日。誰もいなくなった風柳写真館は閉店、たった数日の内に当たり前にあると感じていた幸せが壊れてしまった。
再び独りになってしまうと思われた蕗だったが、鏡子が自ら経営している柳凪へと迎え入れてくれたおかげで、今もしがなく生きていた。
新たに与えられた部屋で着替えて、壁際に立て掛けられている姿見を覗き込む。
小さな身体にしては大きい前掛けに、肩の辺りで切り揃えられた癖っ毛、赤く腫れた目。何ともちぐはぐな格好をした少女が映っていた。それが自分自身であると気づくのに、少しばかり時間が必要だった。
着替え終わったのを見計らうように部屋の扉を叩かれる。慌てて扉を開けると、鏡子とは別の柳凪で働いている従業員の女性が立っていた。
「着替え終わった?」
「お待たせしてしまってすみません。紬さん」
肩より少し長い茶色がかった髪が印象的な、十代半ばほどの女性。五十鈴紬は蕗の他人行儀な言葉に苦笑を零した。
「焦らなくていいのよ。ゆっくり慣れていけばいいんだから」
少し屈んで蕗の小さな頭の上に手を乗せると、ゆっくりと撫でながらそう言った。
自身の雇い主が十歳にも満たない少女を連れてきて、「今日から一緒に暮らすことになった」と言ったは彼女もさぞ驚いたことだろう。鏡子の背に隠れておどおどとした様子の、気弱な少女だったのだから尚更だ。
鏡子の説明のようでそうではない曖昧な言葉に、彼女は黙って頷いていた。
この柳凪という甘味処には、鏡子と紬、そしてもう一人、二千佳友里恵という女性従業員がいる。
紬の後を追って店内に戻ると、その友里恵が入口の近くにお盆を持って立っていた。蕗の教育係を担っているのが彼女である。
「あら、似合ってるじゃない。様になってるわね」
長い黒髪を揺らして友里恵は蕗に笑いかける。自分と同じ黒髪をしているというのに、彼女の髪は櫛を通しても引っかからないであろう艶のある毛並みをしている。湿気ですぐに爆発してしまう癖っ毛をしている側としては何とも羨ましいものだ。
「それじゃあ、練習も兼ねて始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
変わらず他人行儀な蕗の発言に、紬と友里恵は顔を見合わせて苦笑を零した。小さな少女が砕けた様子で接してくれるようになるまで、もう少しばかり時間が必要になりそうである。