嘘つきと疫病神

どうしようもない

 町でも有名な甘味処だったはずの柳凪は、今では客がいない時間のほうが長いほどに静かであった。
「二人、入れますか?」
 そんな柳凪の店内にやけに明るい青年の声が響き渡る。
 店内にいた数人の客がその声に反応して入口の方へと顔を向けた。しかしすぐに興味を失い、机の木目へと目を落とす。
 何とも言えない空気が流れる店内に二人の青年が訪れた。
「いらっしゃい仁武くん。そこの席にどうぞ」
 紬の声に軽く会釈をした仁武が背後にいる青年に目配せをし、二人は向かい合うようにして席についた。
 しばらく無言の時間を過ごしていると、そこへ蕗が注文を取るために近寄る。
「仁武、いらっしゃい。あれ、お友達?」
「え、あ、ああ。まあ、友達かな」
「そうなんだ。ごゆっくりどうぞ、すぐにお茶を持ってくるね」
 注文を取った蕗が厨房へと戻っていく。その後姿を眺めていると、不意に向かいに座っていた青年が口を開いた。
「今の蕗か」
「変なことするなよ」
「しねぇよ。てか、変なことってなんだ」
 仁武の言葉に、向かいに座っている洸希は不機嫌そうに表情を歪め頬杖をついた。
 窓の外を眺める瞳には微かに怒りが滲んでいる。
「今のが蕗か?」
「そうだよ」
「楽しそうだったな」
 窓から視線を逸らした洸希が見ていたのは、厨房で楽しげに鏡子達と話している蕗だった。
「それで、何の用で俺を呼んだんだ?」
「……蕗ってのがどんな奴か見たかったから。別に深い意味はない」
 そう口では言いながらも、洸希という男の裏は読めない。改心したように見えて、今でもあらぬことを考えているかも知れない。
 過去の出来事が、彼を警戒させる都合の良い理由になっていた。
「はい、お茶どうぞ」
「あ、ありがとう」
 お盆に湯呑みを乗せて厨房から出てきた蕗が二人の前に湯呑みを置く。
 洸希の鋭い視線が蕗を貫き、口を開こうとしたが何かを言うよりも先に蕗が厨房へと戻っていってしまった。
 代わりに、仁武が彼が何を話そうとしたのか聞き出す。
「何か、蕗に言おうとしたか?」
「俺があいつに話すことと言ったら、噂のことくらいだろ。言いてぇことがあったんだけど、あいつ分かってて俺を避けてやがるな」
「蕗がお前を避けてるって?」
 何を言っているんだと半信半疑な仁武の声に、洸希は不機嫌極まりないといった表情で睨みつける。
 鋭い視線に狼狽えながらも、彼の行動の意図を探るには何とかして聞き出さなくてはならない。
 丘で聞いた疫病神の噂の真意を聞かなくてはならないのだ。
「……流石にもう隠せねぇか。いいか、今から俺が言うことは嘘じゃないからな。本当のことだけを言う」
「お、おう」
 やけに改まった洸希の態度に、仁武は情けない声を上げるばかりであった。
 しかし洸希の真っ直ぐな瞳が嘘ではないと知らしめる。今更疑う気力など持ち合わせていなかった。
< 68 / 132 >

この作品をシェア

pagetop