嘘つきと疫病神
消えない噂
平穏な日々、というのは毎日同じことが当たり前のように過ぎていく時間のことを言うのかもしれない。
朝早くに目覚め、自分が店に顔を出す頃には鏡子達が仕込みの作業をしている。朝方で客がまだいない時間帯の蕗の主な仕事は、掃除全般。箒を手に軒先に出ると、外には近頃続いていた雨など感じさせない青空が広がっていた。
人の印象も店の印象も初めは見た目から決まる。店の周りが綺麗ならば客も入って来やすい。鏡子の言いつけを反芻しながら、軒先に散らばった落ち葉やら埃やらを箒で集めていく。
「蕗ちゃん」
突然名前を呼ばれ、弾かれたように顔を上げると、いつの間にか直ぐ側に和加代が立っていた。
普段の花のような明るい笑顔はなく、口元だけで微笑む程度の何だか暗い表情を浮かべている。様子がおかしい、というほどではないが普段と違うのは明白である。
「わあ! びっくりした……。こんな朝早くにどうかした? 学校まではまだ時間があるんじゃないの?」
「今日は、ちょっと長く蕗ちゃんとお話したくて」
軒先の掃除が一段落し、彼女の意向で外に出たまま二人並んで空を見上げる。
普段の和加代ならばあれやこれやと話してくるし、わざわざ話したいからと含みのある言い方などしないはずだった。
何かあったのか、それとも何か知ってしまったのか。元々彼女が考えていることなど想像すらできないが、こればかりは想像できないのではなく理解できないと言えた。
「蕗ちゃんは、こんな噂知ってる?」
「噂?」
ドクンと、心臓が弾かれたように脈打つ。何もやましいことなどないはずなのに、それに近しいこと知っているから無意識のうちに焦りを覚えてしまう。
和加代があの噂を知るはずがない。あの噂など、一時は町全体を巻き込むほどの大きさにまで発展したとはいえ、所詮は子供が作り出した作り話。市街地に住む和加代が知っているはずなどないのだ。そうでなくてはならないのだ。
「“毒撒きの疫病神”の噂」
ぐらりと視線が歪んだ気がした。ドクンドクンと継続的に激しく脈打つ心臓、気温のせいではない気持ちの悪い冷や汗、震える手。
知らない、知っているはずがない。和加代があの噂を知っているはずがないのだ。それなのに何故、彼女の口から疫病神という言葉が出てくるのだ。
「近頃、人が減ってきているように感じることはない? 外に出ていないからとか市街地に移ったからとかじゃなくて、亡くなってしまって減っているっていう意味で。」
「……確かに、あまり町で人を見かけなくなった、かも。でも、それが死んだからっていうのは」
「本当にそうかな」
冷え切った耳の奥を突き刺すような鋭い声音。朗らかで優しい和加代からは想像できない、直接的で鋭い言葉が蕗の胸の奥を貫いていく。
「一人や、二人じゃないのよ。十人、いいえ、少なくとも十五人がたった一日に死んでいるの」
「い、一日で!?」
空を見上げる和加代の横顔がやけに悲しげに見えて、それだけで彼女が何故こんな話をするのか察してしまう。
「嘘なんかじゃないのよ。だって、この十五人の中に私のお母さんが含まれているんだから」
朝早くに目覚め、自分が店に顔を出す頃には鏡子達が仕込みの作業をしている。朝方で客がまだいない時間帯の蕗の主な仕事は、掃除全般。箒を手に軒先に出ると、外には近頃続いていた雨など感じさせない青空が広がっていた。
人の印象も店の印象も初めは見た目から決まる。店の周りが綺麗ならば客も入って来やすい。鏡子の言いつけを反芻しながら、軒先に散らばった落ち葉やら埃やらを箒で集めていく。
「蕗ちゃん」
突然名前を呼ばれ、弾かれたように顔を上げると、いつの間にか直ぐ側に和加代が立っていた。
普段の花のような明るい笑顔はなく、口元だけで微笑む程度の何だか暗い表情を浮かべている。様子がおかしい、というほどではないが普段と違うのは明白である。
「わあ! びっくりした……。こんな朝早くにどうかした? 学校まではまだ時間があるんじゃないの?」
「今日は、ちょっと長く蕗ちゃんとお話したくて」
軒先の掃除が一段落し、彼女の意向で外に出たまま二人並んで空を見上げる。
普段の和加代ならばあれやこれやと話してくるし、わざわざ話したいからと含みのある言い方などしないはずだった。
何かあったのか、それとも何か知ってしまったのか。元々彼女が考えていることなど想像すらできないが、こればかりは想像できないのではなく理解できないと言えた。
「蕗ちゃんは、こんな噂知ってる?」
「噂?」
ドクンと、心臓が弾かれたように脈打つ。何もやましいことなどないはずなのに、それに近しいこと知っているから無意識のうちに焦りを覚えてしまう。
和加代があの噂を知るはずがない。あの噂など、一時は町全体を巻き込むほどの大きさにまで発展したとはいえ、所詮は子供が作り出した作り話。市街地に住む和加代が知っているはずなどないのだ。そうでなくてはならないのだ。
「“毒撒きの疫病神”の噂」
ぐらりと視線が歪んだ気がした。ドクンドクンと継続的に激しく脈打つ心臓、気温のせいではない気持ちの悪い冷や汗、震える手。
知らない、知っているはずがない。和加代があの噂を知っているはずがないのだ。それなのに何故、彼女の口から疫病神という言葉が出てくるのだ。
「近頃、人が減ってきているように感じることはない? 外に出ていないからとか市街地に移ったからとかじゃなくて、亡くなってしまって減っているっていう意味で。」
「……確かに、あまり町で人を見かけなくなった、かも。でも、それが死んだからっていうのは」
「本当にそうかな」
冷え切った耳の奥を突き刺すような鋭い声音。朗らかで優しい和加代からは想像できない、直接的で鋭い言葉が蕗の胸の奥を貫いていく。
「一人や、二人じゃないのよ。十人、いいえ、少なくとも十五人がたった一日に死んでいるの」
「い、一日で!?」
空を見上げる和加代の横顔がやけに悲しげに見えて、それだけで彼女が何故こんな話をするのか察してしまう。
「嘘なんかじゃないのよ。だって、この十五人の中に私のお母さんが含まれているんだから」