The previous night of the world revolution4~I.D.~

sideルルシー

─────…ルレイアを置いて、自分だけ逃げる、なんて。

俺にとっては、有り得ないことだった。

それこそ、アリューシャが三桁の掛け算を暗算で解いてみせるほど有り得ないことだった。

それなのに、その有り得ないことが、実際に起きていた。

言い訳するつもりはないが、正しく言えば、俺がルレイアを置いていったのではない。

ルリシヤが、無理矢理俺に…ルレイアを置いていかせたのだ。

俺はルレイアを置いていくくらいなら、その場で死んだ方がマシだった。

それなのに、ルリシヤはあっさりと、ルレイアを切り捨てた。

そして、俺を連れて、この「悪趣味な」家を逃げ出した。

窓ガラスを割って、そこから飛び出したのだ。

しかし、家の周囲には、深くフードを被った見張りの警備兵が巡回していた。

逃走者を見つけた警備兵は、俺達に拳銃を向けた。

丸腰の俺達では、太刀打ち出来ないかと思われたが。

ルリシヤが、拳銃を向ける警備兵の腕を蹴ると、警備兵はあっさりと拳銃を取り落とした。

落とした拳銃を、ルリシヤが拾い上げた。

「動くな。命を散らしたくはないだろう」

ルリシヤは、シェルドニア語で警備兵に話しかけた。

だから、俺にはルリシヤが何と言っているのか分かっていなかった。

「くっ…!異国人が…!」

「抵抗しなければ殺さない。俺達を見逃してくれ」

何と言っているのかは分からないが、言おうとしていることは、何となく分かった。

深くフードを被った警備兵は、しばし抵抗しようともがいたが。

ルリシヤが拳銃を向けると、観念したように両手を上げた。

「よし。行くぞ、ルルシー先輩。この家から逃げる」

「ふざけるな。俺がルレイアを、置いていける訳が…!」

「今戻ったら殺されるぞ」

「殺されても良い!ルレイアを置いていくくらいなら…!」

「後でルレイア先輩を助けに行く為に、今は逃げるって言ってるんだ!戦略的撤退だこれは!」

ルリシヤに怒鳴られ、俺はハッとした。

目が覚めたような気分だった。

「行くぞ、ルルシー先輩」

「…分かった」

苦渋の決断だった。

俺は、唇に血が滲むほど強く噛み締めた。

…ルレイア。

俺は、一瞬だけ白い家を振り返った。

必ず…お前を、助けに来るからな。
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