このほど、辣腕御曹司と花嫁契約いたしまして
波乱



国内でもトップクラスの規模を誇る明都(あきつ)ホテルグループ本社は、日比谷にある高層ビル群の中でもひときわ目立つ斬新なデザインだ。
倍強化ガラス張りの大きな社長室の窓からは東京タワーまで見通せる心地よさだというのに、ここへ呼ばれた都々木岳(つづきがく)は眉間にしわを寄せていた。
マホガニーの執務デスクの前に立たされているせいではない。デスクに座っている社長からの話にあきれていたのだ。

「では社長、旅館経営にまで手を広げるおつもりなんですね?」
「ああ、そうだ」

会社だから社長とよんでいるが、目の前の人物は岳の父でもある。六十になったばかりの年齢よりも年かさに見えるのは、半分くらい白くなった頭髪のせいだろうか。
明都ホテルグループは都市部を中心にシティホテルを展開しているだけでなく、旅行会社はもちろんホテルブランドの食品から寝具まで幅広く扱っている大企業だ。このうえ老舗旅館まで傘下におこうと父は考えているらしい。

父がうなずくと同時に、隣に立っている妹の華怜(かれん)がわざとらしく小さなため息をつくのがわかった。
明都ホテルグループの営業部で働いている華怜も、父親の考えに納得していないのだろう。
今日の華怜は細身の黒いパンツスーツ姿だ。キリっとした目元が印象的な知的美人で、イメージを生かしてかシンプルな服装を選ぶことが多い。胸元でゆれるブラウスのボウだけが、柔らかく揺れている。

「すぐに現地を見てきてくれ」

「社長は対鶴楼(たいかくろう)を買収するおつもりですか?」

華怜も口を挟んできた。兄妹の顔立ちはそっくりだと言われているが、性格は少し違っている。
岳は冷静で、華怜は直情的だ。今も遠慮なく発言している。
華怜も岳と同じく、老舗とはいえ旅館を明都ホテルグループへ加えることに疑問を感じているのだろう。

企業を支援するのと買収では、話が違ってくる。
支援なら対鶴楼を立て直して成長を促す手助けが目的になるが、買収なら相手の資産や経営をこちら側に統合することになる。
つまり対鶴楼の経営権を明都ホテルグループが獲得するのだ。

「買いたたくなら、今だろう」
「それは……」







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