このほど、辣腕御曹司と花嫁契約いたしまして
禍福
ようやく都心も秋めいてきた。
今日は岳と森川が新しい企画を社長室で説明する日だ。
対鶴楼の経営案を伝え、社長のゴーサインがもらえて役員会の了承が得られれば事業が本格的にスタートする。
岳は自信ありげだったが、残されたスタッフは落ち着かない。
真矢たちは経営企画部の分室でひたすら待っていた。一時間は経っただろうか。内線電話が鳴った。
そばにいた社員が電話に出ると、笑顔になってピースサインを作った。
真矢も思わず拍手してしまったが、受話器を向けられて戸惑った。
「はい。鶴田です」
電話に出ると、岳の声がいつもより数段低く聞こえた。
『すぐに、こっちにきてくれ』
「は、はい」
呼ばれた理由はわからないが、社長に挨拶するということだろうか。
真矢は廊下を急ぎながら、なにか嫌な予感がした。
いくら婚約したと伝えていえるといっても、なんの予告もなく呼び出されたのだ。
エレベーターの内側にあるステンレスミラーで服装や髪形のチェックをしつつ、呼吸を整えた。
今日はシンプルなノーカラーのジャケットにスカートをあわせている。おかしなところはないと信じたい。
社長室のある階にとまって扉が開くと、森川が待っていてくれた。
どうやら社長室に向かうドアを通るには、一般の社員では持てないカードキーが必要らしい。
「企画は無事とおりました」
「はい」
「中で岳さんがお待ちです」
森川が立ち止まったのは、どうやら社長室ではなく隣の第一応接室のようだ。
案内してくれた森川は、仕事の時とは違う口調だった。
いつもは真矢を部下として接してくれるが、今は完全に岳の婚約者としての扱いに変わっている。
真矢の緊張はピークに達していた。