このほど、辣腕御曹司と花嫁契約いたしまして
佳日


季節は、また春を迎えた。

対鶴楼の庭にある、あの樹齢三百年のしだれ桜が満開になっている。
真矢はその大木をじっと見つめていた。

この木はずっとここに立って、何を感じ、何を思っているのだろう。
父はこの美しい桜を見て、なにを考えただろうか。

(お父さん。私、対鶴楼を守れたかな)

父が守ろうとしていたものを、真矢は大切にしたかった。その夢は一歩前進したはずだ。

「真矢」
「岳さん」

「きれいだ」

桜の木の前にたたずんでいた真矢は、白無垢姿だ。
企画が通った日に結ばれた真矢と岳は、すぐに入籍して夫婦になった。
年明け早々に銀座の明都ホテルで結婚式と披露宴は執り行われていたが、この庭園で記念写真を撮りたいという岳の希望があったからだ。

「着物で苦しくないか?」

岳がそっと真矢のおなかに手を置いた。

「もうつわりもないし、そろそろ安定期だから大丈夫」

「やっぱりいいな、真矢の着物姿」

化粧している頬が、その言葉にほんのり色づいた。

「仕事で来たのに、いいのかしら?」
「今日は休みだ」

「部長の仰せのままに」

ふたりは顔を見合わせて笑った。

真矢は、あらためて明都ホテルグループの本社に入社した。
経営企画部とは別に、新たにグループに加えられる旅館部門を統括する部署が立ち上がり、森川が部長になっている。
真矢はその下で働きつつ、妻として岳のサポートをする毎日だ。



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