このほど、辣腕御曹司と花嫁契約いたしまして
思い出
真矢の東京での思い出の中に、岳は色濃く残っている。
明都ホテルに勤め始めたら、いやでも岳の評判は耳に入ってくる。
都々木家の御曹司で、アメリカにも留学したエリート。たくましい肉体と、誰もが見とれる整った顔立ち。
平社員の真矢と直接関わることはないが、仕事での評判は銀座のホテルまで伝わってくる。
アメリカのホテルを買収したとか、九州に進出するための用地買収に成功したとか話題には事欠かない存在なのだ。
女性スタッフたちはすれ違っただけでも大騒ぎしていた。
「さっき、経営企画部長を見かけたわ」
「今日は、銀座にいらっしゃるのね」
岳は各地を回っていて、とても忙しいと聞く。グループで一番大きな明都ホテル銀座にも、月に数日しか姿を見せないようだ。
実は真矢も、ひそかに岳にあこがれていた。そのりりしい表情や、外国の要人を案内している堂々とした姿。
けして真矢の手が届く人ではないとわかっていても、岳が銀座のホテルにいる日は「チラッとでも見かけられないかな」と、ドキドキしたものだ。
そんな雲の上の存在だった岳と真矢が直接言葉を交わしたのは、明都ホテルグループ新社長就任パーティーの日だった。
その日は、対鶴楼に戻ると決めた真矢が、銀座のホテルで働く最後の日でもあった。
東京を離れて対鶴楼に戻るのだから、この仕事だけは笑顔で終わりたいと真矢は願っていた。
会場は、銀座のホテルでも一番豪華な宴会場。
豪華なシャンデリアが煌めく大広間には政財界の人たちや、テレビコマーシャルを担当する芸能人も招かれていた。