このほど、辣腕御曹司と花嫁契約いたしまして
契約



真矢は電話を切ってから、何も考えずにスーツケースにあれこれ詰め込むと駅に向かった。
梅雨時らしく、しとしとと雨が降り始めたが濡れることを選んだ。
傘もささずに荷物を持って歩く姿は人目を引くかもしれないが、それすらどうでもいいことに思えた。

在来線から新幹線に乗り換え、東京駅に着いたのは遅い時間だった。
ぼんやりと丸の内北口にたたずんでいたら、この前と同じ車が目の前に停まる。

「待たせた」

そう言って車から降りてきた岳は、いきなり真矢のそばまで走ってきてギュッと抱きしめてきた。

「え⁉」

突然の岳からの抱擁に真矢は慌てた。
それなのに気になったのは、さっき雨に濡れてしまったので髪が少し湿っぽいことだった。

冷え切っていた体に、心地よい体温が伝わってくる。

「あ、すまない。なんだか君が倒れそうな気がして」

「だ、大丈夫です」

人肌の温かさがパッと離れていった。

「じゃあ、乗って」

真矢は心臓がバクバクしたが、なんとか落ち着こうと助手席で深呼吸する。



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