すべてはあの花のために①

side……


「『……只今、お預かりしているメッセージは一件、です』」


 ここ最近何度も聞いた機械的なアナウンスが、耳元から聞こえる。


「『今日、20時18分、――……』」

『…………もし、もし……』


 電話をかけてきた人物は少し間を空けてから話し出す。


『今日、チカにね? あたしが学校を辞めること話しちゃった。チカ、最初驚いてた。でもね、あたしが、家の事情でどうしても辞めなくちゃいけなくなったって言ったら、あいつは、『そっか』しか言わなかったんだよ? 酷いよね~』


 微かに、鼻を啜る音がする。


『もう、学校で会えなくなっちゃうのに。なんでそう、素っ気ないのかな。……そういえばあんたも、なんでなんて聞いてこなかったわね。……もうっ! うちの幼馴染みは、どうしてこうも聞き分けがいいんだろうかー』


 声の向こう側から聞こえてくるのは、波の音か。


『あの頃が懐かしいよね。いろんなとこ行ってさ? いろんなことして遊んだりしたよね。もう、あの頃には戻れないのかなあ。……何も知らなかった、あの頃に』


 彼女が立ち上がる。歩きながら話しているのか、砂を踏みしめている音が聞こえた。


『今日は、あたしのせいで明日に会議延期しちゃったからさ、みんなに心配させないように頑張らないといけないんだー』


 風の音が、彼女の声をかき消すように強く吹いた。


『最近、教室以外で会えないよね。あたし、あんたに避けられるようなことしたのかな。なんか酷いこと言ったのかな。……わかんないや』

「……キサ」

『ねえ。あたし、あと少しでいなくなっちゃうんだけどなー。寂しいなー。会いたいなー。話したいなー。……でも、あたしばっかり我儘言っちゃダメだよね。だから、電話は今日で最後。ここ最近留守電いっぱい残してごめんね?』

「――っ」

『学校でも、教室以外で会う気ないんでしょ? 話す気もないんだろうね。……だから、本当にこれで最後にする。ごめんね? 今まで、本当にありがとう』

「……きさ。おれは……」

『――……さようなら』

「――……ッ」

「『……このメッセージを消去する場合は――』」


 耳に電話を当てながら、壁に背中をつけズルズルと座り込む。


「……じゃあ、どうしたらよかったんだよ……ッ」


 悲痛な声を押し殺し、ただ項垂れることしかできなかった。




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